この空を羽ばたく鳥のように。
弔問に来てくれた方がたをすべて見送り、長屋の中が家族だけになると、皆、抜け殻のようになって呆けておりやした。それでも疲れているからと早く休むことになりやした。
夜になり冷え込んできても、一組空いた布団を誰も使おうとはしやせんでした。
それぞれが自分の寝床にもぐり、無言のまま目をつぶりやした。
どれほど経ったでしょうか。ふと、夜風を感じた気がして目を覚ましたんです。まだ夜半で真っ暗でした。
(うう、寒い……隙間風が吹きこんでら)
身体を丸めて再び眠りにつこうとしやしたが、寒さのせいか寝つけなくなってしまいやした。
しかたなく眠りが訪れるまで何とはなしに目を開けていると、暗闇に目が慣れてきたころ、みどりさまの床が空になっていることに気づきやした。
(えっ……?みどりさまがおらんぞ!)
ガバッと飛び起き、四つん這いでみどりさまの床まで行くと手で触れてみやした。
すっかり冷え切っている。そう確認すると嫌な予感がして、あわてて毛皮をはおり、自分の掻巻をつかみやした。
寄り添い眠る旦那さまとおなをさまを起こさないよう足音を忍ばせて玄関から外へ出ると、冬の澄み切った夜空に月がぽっかり浮かんでおりやした。
そしてその月明かりに淡く照らされたみどりさまが、雪の中に佇んでおりやした。
「……みどりさま!」
すぐ見つかったことにホッと白い息を吐いて、小声で呼びかけると、持ち出した掻巻でみどりさまのお身体を包みやした。
「九八……」
「夜は余計に冷えやす。さあ、部屋に戻って休みやしょう」
促すも、みどりさまは動きやせん。目を伏せておっしゃいやした。
「なんだか眠れなくて……。それにさよりもこんな寒い外でひとり寂しく倒れていたのかと思うと、本当に哀れで……。こんなことをしても、あの子の気持ちを理解することなんてできないでしょうけど、それでも少しでも近いところに身を置きたくて」
「それでこんな冷える夜に、外へ出て身をさらしてたってんですか!まったく何やってんですか!そんなことでお身体を壊してしまっては、みどりさままで参ってしまいやすよ!」
心配のあまり、つい腹が立ってまくしたてると、みどりさまはわしの顔を見つめて目を潤ませやした。
「あっ……、いや、その、すいやせん」
言いすぎた、泣かせてしまうと、あわてて謝ると、みどりさまは首を左右に振られておっしゃいやした。
「いいえ、悪いのは私です。心配かけてごめんなさい。掻巻……ありがとう。温かいわ」
「とっ、とんでもねえっす!」
みどりさまは俯くと、はおった掻巻を胸元に引き寄せやした。わしの体温がまだ残っているはずの掻巻。何だか変な気持ちになりそうでした。
しばらく気まずい沈黙が漂いやした。
あまりの寒さに、早う長屋の中に戻らんと凍えてしまうぞと、気持ちばかり焦りやす。
どうやって部屋に連れ帰ろうかと思案した時、ふとあの体験を思い出しやした。
「あ、あの……さよりお嬢さまは、寂しく逝かれたのではなかったと思いやすよ」
「……どうしてそう思うの?」
みどりさまが不思議そうな目を向けてきやす。
いまだうまく話せる自信はありやせんでしたが、みどりさまなら分かってくださるんじゃねえかと、思い切って話してみたんです。
「信じてもらえんと思いやすが……。わしがさよりお嬢さまを見つけたとき、お嬢さまはおひとりではごぜえやせんでした。そばに若い武士がついていたんです」
「えっ……」
わしはさよりお嬢さまを見つけるに至ったいきさつをみどりさまにすべて打ち明けやした。
「ただ、その武士はこの世の者じゃありやせんでした。色の鮮やかな青い着物を着ていて、顔も見たんですが、わしの知った顔ではありやせんでした。
その武士はわしに気づくと消えていきやした。いやに整った顔の、色白の優男でしたよ。ですが、何となく分かりやした。
あれはきっと……喜代美さまでございやしょう。その証拠に、見つけた時さよりお嬢さまは、幸せそうに微笑んでおられやしたよ」
「………!」
みどりさまは大きく目を瞠り、驚いているようでした。信じられない思いもあったでしょうが、清吉の夢の話もありやしたから、真っ向から否定する様子はみられやせんでした。
みどりさまはこちらに背を向けると、その時のさよりお嬢さまに思いを馳せていたのか、しばらく黙っておりやした。
心配してわしが顔を覗きこもうとすると、目元を手で拭い、安心したようにつぶやきやした。
「その色鮮やかな青色の小袖はね、さよりが初めて縫って、喜代美さんに与えたものなの。
喜代美さんは喜んで、それをとても大切にしていたわ。
そうなの……よかった。
喜代美さんがちゃんと迎えに来てくれてたのなら、さよりは寂しくないわね……」
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