この空を羽ばたく鳥のように。
「へえ、さよりお嬢さまにとってそれは、清吉の嫁におさまるより、はるかに望むことだったのかもしれやせん。そうだとしたら、みどりさまがご自身を責めたり、過ぎてしまったことを悔いてもしかたありやせんよ」
夜空を見上げ、白い息を吐きながら慰めるように言うと、みどりさまはうなずくでもなく、寂しくおっしゃいやした。
「でも私は……さよりがいなくなって、何だか胸の中にぽっかり穴が空いたようなの。
さよりの快方を願って今まで看病してきたのに、まるで生き甲斐を失ったようだわ……。
父上も母上ももうおられない。私はひとりになってしまったのね……」
「みどりさま……そんな」
思わず口をはさんでしまうと、みどりさまも悪いと思ったのか、自らも首を振りやした。
「ごめんなさい……こんなこと考えるなんて変よね。叔父さまもなをさんも、九八もいるのにね。
もうすぐ叔父さまの子も産まれる……さよりもそれをすごく楽しみにしていた……けど、ついに見ることは叶わなかったわね」
みどりさまは寒さを気にしてねえのか、佇んだまま話し続けやした。けんどそのお身体が震えているのを、わしは気づいておりやした。
「亡くなる前にね……さよりが申していたの。“会津に帰りたい”って……。きっと母上も同じ気持ちだったはずよ。けれどふたりとも、とうとう会津へ連れて帰ってあげることができなかった……。
私は結局、家族のために何もしてあげられずに、ここで朽ち果てるのを待つしかないのね……」
気丈に話していた声がよどみ、みるみる溢れてくる涙。悲しみに暮れるみどりさまのお姿がお労しくて、どうにかしてお慰めしたいと思うあまり、わしは両手を伸ばしておりやした。
その両手でみどりさまを包むと、自分の胸に引き寄せ強く抱きしめたんです。
(ハッ……やべえ!思わずやっちまった……!)
次の瞬間、自分のしてしまったことに後悔が押し寄せるも、愛しく思う相手を初めてこの腕に抱いた感触に胸は高鳴り、わしも寒さなど感じなくなっておりやした。
みどりさまの細く白いうなじが見えて全身が熱くなり、何も考えられず立場を忘れて言っておりやした。
「もういいです!もう話さねえでいいですから……!お願えですから、そんな悲しいこと言わんでくだせえ!わしがずっと……ずっとみどりさまのおそばにおりやすから……!じゃから、ひとりだなんて思わんでくだせえ……!」
どうか伝わってくれ。
ずっと思い続けていた気持ち。
どんな立場だっていい。家庭を築けなくても、女主人と下男の関係でも構わねえ。
それでもそばにいたい。
みどりさまが、わしなどいらないと思われる日まで。
みどりさまは驚いておられるようでしたが、とくに抗ったりうろたえる様子はありやせんでした。
それどころか、そのままわしの胸に顔を埋め、しおらしく身を預けてきて、わしのほうが戸惑いそうになりやした。
(いいのか?このまま押し切っていいのか⁉︎ )
みどりさまは悲しみのあまり、いっときの感情に流されてるだけかもしれねえ。
それでも受け入れてもらえたことに、なおさら愛しさが募り、さらに腕に力を込めやした。
「みどりさま……帰りやしょう、会津へ。奥さまもさよりお嬢さまも、一緒に連れて参りやしょう。
会津に戻って身を置く場所がなくても、わしがどうにかいたしやす。仕事も探しやす。ですから……ふたりで会津へ戻りやしょう」
耳元でそう伝えやしたが、みどりさまからお言葉はありやせんでした。けんどそのかわりに何度も小さくうなずいて、わしの胸にしがみついたまま、声を殺して泣き続けやした。
(夢じゃねえ……わしの腕の中にみどりさまがいる)
その実感に喜びが沸きあがる。
儚げなぬくもりが、いとおしくて。
みどりさまの細いお身体を、自分の心から発する熱で温めるように、ずっと離さず抱きしめたのでした。
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