この空を羽ばたく鳥のように。
この湖は、ここらへんでは観光地として有名だけど、平日のせいか辺りは閑散としている。
人といえば白鳥やカモにエサを与えるお年寄りや親子連れ、散歩してる人、休憩しているサラリーマン、そしてカップルがいるくらいで、近くにお土産屋さんが軒を連ねているから、もしかしたら観光客もいるかもしれないけど人影はまばらだった。
そんな寂寥感漂う空間に馴染んでいるのは、ひとり黙って佇む私だけだと思う。
楽しそうな笑い声が響くたび、幸せそうに微笑む親子や恋人たちが脇を通り過ぎてゆくたび、
私だけがそこからはみだしているように思えた。
(……つまんない)
いつも、何をしていても、喪失感を感じていた。
学校も勉強も大嫌い。友達と呼べる相手もいない。
何もかもが嫌でたまらない。
どこに行ったって、やりたいことなんか全然ないし。
何に対しても、無気力。
ただ、言われたことをしてるだけ。
未来に希望なんて何ひとつ見出せない。
そんなふうに考える私を、気にかけてくれる人なんてどこにもいない。
ああ、私って、なんて孤独なんだろう。
こんな人生、さっさと終わっちゃえばいいのに。
「―――君、ひとり?」
ふいに声をかけられて、ゆっくりと虚ろな視線を向ける。
「さっきから見てたけど、ずっとひとりでそこにいるよね。誰か待ってんの?」
「………」
振り向くと立っていたのは、私より少し年上の男性。
髪型も服装も今どき風にキメていて、ちょっとしたイケメンだ。
私が制服姿でいるのにつられて声をかけてきたのだろうか。
不審の目を向けると、男性は安心させるためか、この近くの大学に通う学生だと明かした。
「……お兄さんこそ、ひとりで何してんの」
愛想もなく訊ね返すと、大学生は軽く肩をすぼめて笑ってみせる。イケメンと自覚していて、その邪気のない笑顔がかわいく見えると自負してるんだろう。
「ここに来たのはたまたまなんだけどね。たぶん、君と同じだと思うよ」
(私と同じ……?)
“同じ”と言われて、つい唇から言葉が落ちる。
「……じゃあ、お兄さんも誰か探してるの」
この虚無感を埋めてくれる誰かを。
私のことをちゃんと見てくれる誰かを。
大学生は微笑した。
「そう。そして君を見つけた」
そんな彼をまじまじと見つめる。
――――いつもどこかで、誰かを探していた。それが誰かも分からないのに。
でもきっと見つけてくれる。
私を探し出して、そしてこのつまんない日常に彩りを与えてくれる。
生きる希望を与えてくれる。
(それが―――この人なのだろうか?)
大学生はにこやかな顔で続けた。
「ね、せっかく会えたんだから、ここを離れてどっか行かない?俺 車あるから、どこへでも好きなところへ連れていってあげるよ」
「好きなところ……」
つぶやいて、また湖に目を向ける。
さっきまで水面に浮かんでいた2羽の白鳥が、大きな翼を勢いよく羽ばたかせたと思うと、水面を駆けて飛び立っていった。
飛沫が反射してキラキラ光る。
「……海が見たい」
空へ羽ばたく2羽の白鳥を目で追いながらつぶやくと、大学生はとたんに不満そうな声をあげた。
「海だって?ここから車でも1時間以上はかかる」
「そう?……でも、どこでも好きなところへ連れていってくれるんでしょ?さっき言ったじゃない。あれは嘘だったの?」
視線を向けると、大学生は焦ったように笑ってごまかした。
「も、もちろん連れていってやるよ!じゃあ、俺の車へ行こう」
そう言ってこれ以上何も言わせないかのように、私の肩に手をまわして強引に連れて行こうとする――――その時。
「―――お待たせして、すみません」
背後から、柔らかな声が聞こえた。
※寂寥感……ひっそりとしてものさびしいこと。また、心が満たされず、わびしい感があること。
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