この空を羽ばたく鳥のように。
突然の声に驚いて私と大学生が振り返る。と同時に、私の身体は大学生の手からフッと解放された。
見ると声をかけてきた人物が、私の肩を無理やり抱いていた大学生の手を掴んでいた。
「な……っ!何だよ、あんた!」
それはスラリと細く背の高い、スーツにロングコート姿の男性だった。彼は口もとに笑みを浮かべるとすぐに大学生から手を離した。
「すみません。彼女を連れて行かないでください。僕の連れなんです」
「はあ!? んなこと言ったって、彼女、連れがいるなんて一言も言ってなかったぞ!?」
いきなり変貌して睨みつける大学生に臆するでもなく、柔和な態度を崩さずに男性は私に微笑みかける。
「だいぶ待たせてしまったので、きっと怒ってしまったのでしょう。
もう待たせたりしませんから、機嫌直してください」
「―――…」
柔らかに揺れる前髪。
その奥に見える、優しいまなざし。
その澱みのないキレイな瞳を見ていたら、大学生よりこっちがいい、そう感じてうなずいていた。
「よかった。行きましょう」
男性は安心したように笑うと、私に手を差し出してくる。導かれるままその手に自分の手を重ねると、優しく握られ男性のもとへ引き寄せられた。
「失礼しますね」
エスコートしながら大学生に聞こえないよう小声で伝えると、男性は私の背中に手を添え、大学生が向かおうとした方向とは反対のほうへ歩きだした。
「……おいこら、ちょっと待てよ!」
いきなり横から掠め取られて唖然としていた大学生が、ハッとして背後から呼び止めると男性の肩を強く掴んだ。
男性は足を止め、大学生を振り向く。
私からは振り返った彼の顔は見えなかったけど、振り向いた男性を見て、大学生はなぜか急に怖じ気づいた様子で彼の肩からすんなり手を離した。
「……?」
ただ振り返っただけなのに。
睨みでも利かせたのだろうか。
それとも自分よりスペックが高い社会人だろう彼が相手では分が悪いと判断したのか。
ともかく大学生はあっさり私をあきらめ、事を荒立てず不機嫌そうに舌打ちしながらその場を去っていった。
「―――危ないところでしたね」
ベンチに腰掛ける私に、自販機で買ってきたホット紅茶を差し出して男性は言う。
「車に乗っていたら、あなたの望む場所ではないところへ連れて行かれましたよ」
「………」
話を聞いてたんだ、と あきれてため息をつく。
この人、私を助けたつもりでいるんだろうか。
だとしたら、心外だわ。
男性は遠慮がちに人ひとり座れる分の距離を置いて私のとなりに腰掛けると、買ってきた缶コーヒーのプルトップを開けた。
それをひとくち飲んでから、黙ったままの私に先ほどと変わらない穏やかな声で訊ねる。
「高校生は、教室で授業を受けてる時間じゃないんですか」
咎める口調ではなかった。でも彼の言いたいことがわかってるから、つれなく答える。
「学校なんかつまらないもの。サボったに決まってんでしょ。だから何?お説教でもするつもり?」
コドモらしい反抗と捉えたのか、彼は笑う。
「まさか。そんなつもりはありません」
「じゃあ恐喝するつもりなのね。要求は何?お金?それとも身体」
「えっ……」
今度は驚いたように目を瞠って絶句する。
―――ワザとらしい。
「驚いたフリなんかしないでよ。どうせあんただって、さっきの大学生と同じでしょ」
声をかけてくる男なんてみんな同じ。
どうせ身体だけが目当てなんでしょ。
その場だけの快楽しか求めてないんでしょ。
そういった侮蔑のまなざしを向けると、彼は困ったようにうなじを掻いた。
「まいったなあ……今どきの女子高生には、到底太刀打ちできないや」
「JK、甘く見ないでよね」
つれない言葉に、「手厳しいなあ」と 彼は苦笑して缶コーヒーを口へ運んだ。
「すみません……便乗するつもりじゃなかったんですけど……ついあいだに入ってしまいました。あなたを連れ去られると困ると思いまして」
「なんであんたが困んのよ。関係ないでしょ」
私がどうなろうと、知ったこっちゃないじゃないの。
それとも後で何か事件になった時に、見過ごしてしまった罪悪感を感じたくないだけ?
投げやりに言うと、彼は困って、照れたように微笑する。
「確かに関係ないですね……すみません。でも僕は以前からあなたを見ていたものですから。ずっと話してみたかったんです」
「え……?」
思わぬ言葉に、今度は私が驚いた。
振り返って となりの彼を見つめる。
※分……優劣などの度合い。
※恐喝……相手の弱みなどにつけ込んでおどすこと。また、おどして金品をとること。
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