この空を羽ばたく鳥のように。
(私を、見ていた……?)
「どっ……どこでっ⁉︎ 」
声を荒らげながら聞くと、彼は柔らかく目を細める。
「この場所で。あなた、去年の冬も何度かここへ来て湖を見つめていましたよね」
その言葉でいっきに警戒心が強まり、思わず眉をひそめる。
「なんで知ってんの……あんたもしかしてストーカー?」
「まさか」
「何がまさかよ。ストーカーじゃなきゃ、なんで去年のことまで知ってんの」
(見かけは良いのに変態か!)と、不審者を見る目つき丸出しで問い詰めると、彼はまた「まいったなあ」とつぶやいて肩をすぼめた。
「僕も去年、ここにいたからですよ」
「ストーカーしてたからでしょ」
「違います。仕事というか、趣味というか」
「ふぅん。ストーカーが趣味なの。それとも女の子を物色するのが趣味とか?」
「だから違いますって」
私の中傷的発言を苦笑しつつ聞き流し、彼はゆったりとした動作で湖を指差した。
「僕が見ていたのは、あれです」
示す先には、数羽の白鳥が水面に優雅に浮かんでいる。
「僕はこの湖の自然保護活動に参加してまして、その一環で飛来する渡り鳥を調査しているんです。
冬は毎年、仕事の合間にここへ来て、白鳥や他の渡り鳥の飛来状況や生態を調べているんですよ」
「……なんだ」
それを聞いて、いくらか警戒心を解いた。
同時に、なぜか白けた気持ちになる。
肩を緩めた私のとなりで、彼が声をひそめて笑った。
「まいったな。ストーカーですか」
勝手に人をストーカー呼ばわりする自意識過剰な女子高生と思われたか。……くそう。
「悪かったわね、ストーカー扱いして。笑いたきゃ笑いなさいよ」
口を尖らすと、くくく、と笑声を漏らしながら彼は言う。
「いや……可愛いらしいです」
「……!」
(なによそれ。コドモ扱いして)
むくれてそっぽを向くけど、けしてバカにした笑いではない彼の柔らかな笑顔につられて、恥ずかしく思いながらも、ついついチラ見してしまう。
(だって……この人。さっきの大学生と違って、ガチでカッコイイんだもん)
さっきの大学生は自称イケメンだろうけど、こっちはルックスはもちろんのこと、紳士的で大人な優しさを持ってる。断然こっちのほうがタイプだ。
そんな人に見られてたなんて。
だからさっきから、こんなにドキドキするんだろうか。胸の鼓動を何とか抑えようとする。
それを知ってか知らずか、彼は私の気を引くような発言をした。
「けれど、去年からあなたのことが気になっていたのは本当です」
「えっ」
「ですから、今年もあなたが来てくれてよかった」
彼は笑う。優しく、柔らかく。
……こんな人が私を?って思うと、さらに胸が高鳴ってしまう。
(ハッ。いやいや騙されるな!)
そんなふうに警戒しつつ、しかし、こんなイケメンにそんなこと言われたらドキドキしないはずがないじゃないの。
(ダメよダメ。もう誰も信じないって決めたでしょう)
そもそもこんな私を本気で気にかけてくれる男なんかいるはずない。しっかりしろ!私!
「いつも白鳥を見ていましたよね。白鳥が大好きな子なんだなあって思って。だからあなたと一度話をしてみたかったんです」
心の中で葛藤してる時にそんなふうに言われ、膨らんでいた気持ちが一気にしぼんでしまった。
(……ああ、なぁんだ。そういうことか)
それを聞くと、興味の対象はそこかとガッカリした気分になり、再び眉根を寄せた。
そうよね。誰も、こんな私なんか見てくれない。
「……白鳥なんか、好きじゃない」
「えっ」
「白鳥が見たくてここに来てるんじゃない。ただ……なんとなく足が向くのよ。だからここに来てるだけ」
そう。白鳥なんか、ただ視界に入ってくるから目で追ってしまうだけ。それだけなんだから。
けれど、自分さえ分からないその理由に、苛立ちを覚えて黙りこむ。
なんで私はここへ来るんだろう?
なんで気がつくと白鳥を目で追ってるんだろう?
そして白鳥が飛び立つ光景に、なぜこんなにも寂しさと焦燥感を覚えるんだろう?
どうしようもなく 孤独を感じてしまうんだろう?
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