この空を羽ばたく鳥のように。
「猫の祟り……!?」
忘れもしない、その言葉。
その言葉は以前 日新館の前で、父上と喜代美を嘲笑った朋輩達の言葉。
喜代美は風呂敷の中の、変わり果てた黒猫の姿を見つめながら、静かに語った。
「……この猫は、三月ほど前から日新館の中をうろついておりました。
それを目障りだと追い払おうとする仲間に、私は“猫の祟りが怖いからお止め下さい”と申しました。
ですが……それが却って、仲間達の興味を引いてしまったのでしょう」
――――幼い子どもは、とかく少年というものは。
ともすると残忍な面を見せる場合がある。
道端で跳ねている蛙を平気で踏み潰したり、野良犬に石を投げてみたり。
その行為に、たぶん意味はない。
悪気だってない。
ただそれが 面白いから。
さらに言えば、帯刀を許された藩士の子弟ならば、常に刃物を持っているからなおさら質が悪い。
私の脳裏に あの夏の暑い日、祟りなどあるはずがないと小刀を抜き払い、蛇を殺そうとした生徒の姿がまざまざと蘇っていた。
じゃあ この猫も、祟りを怖れない勇敢さを見せつけようとした誰かに殺されたっていうの……?
「私が浅はかでした……。率直に“生きているものをいたぶるのは良くない”と、そう申しておればよかったのです。
私ひとりが臆病者と笑われて済むならば、それで構わないと思っておりました。
この猫が見過ごされるならそれでいいと。
しかし、事はそれだけでは済みませんでした。
それが余計に彼らを煽る結果になったなんて……。
そう思うと申し訳なくて、せめてどこかに埋めて供養してやろうと運んで参ったのです」
猫の死骸を見つめながら、喜代美は残念そうに言葉を落とす。
彼の優しさは人に対してだけでなく、畜生と蔑まれる小さな生き物にまで向けられている。
たとえそれがどんなに大きくとも小さくとも、喜代美にとってはかけがえのないひとつの『命』に見えるのだろう。
それが喜代美の優しさなのだと、あらためて気づかされる。
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