この空を羽ばたく鳥のように。




 他の娘達にも、少なからず同じ疑問がわいたようだ。それは隠すことなく表情に表れる。

 お師匠さまもそのことを見越していたようで、皆をぐるりと見渡すと声に弾みをつけておっしゃった。



 「早苗さんは数多(あまた)ある和裁の先生の中から、どうしても私に師事したいと申し出てくれましてね。
 それで屋敷が少し遠いことも苦になさらず、通うことにしてくれたのですよ」


 「はい!先ほど拝見させていただいた刺繍(ししゅう)も本当に見事でしたわ!

 やはり先生ほどのお方にご教授願いたいと改めて感じました!!」



 両手を合わせて、その時の感動を表すかのように、抑揚(よくよう)をつけて彼女は言う。

 その抜け目のない後押しに「あらあら」と、お師匠さまはたいへん気分を良くした様子。満面の笑みだ。

 お師匠さまに気に入られようとしているのか、多少大げさに見える彼女の態度に軽く首をかしげていると、耳元のすぐそばで声が聞こえた。



 「におうわね」



 不意打ちで、かなり驚いてしまう。

 あわてて横を振り向くと、この裁縫所で一番仲良くしているおますちゃんが、いつのまにかとなりに座っていた。

 眉間にシワを寄せたまま、彼女はもう一度言う。



 「におうわ」


 「あら、ごめん。キツかった?」



 私は帯に(はさ)めた匂い袋を取り出して見せた。
 今日の調合は、うまい具合にいかなかった。



 「バカね、あんたのことじゃないわよ。あの子よ、あの子!」


 「ああ……」



 なんだ、匂い袋のことじゃないのか。と、再び帯の中に戻す私に、おますちゃんが顔を近づけて続ける。



 「あの子、本当にお師匠さまの腕に惚れ込んで教えを請いに来たのかしら?
 それ以外の目的が、他にあるような気がするわ」



 「まさかあ」と私が笑うと、おますちゃんはジロリとこちらを見遣(みや)り、「あんたは楽観的ね」と毒づく。



 「他所がよこした間者じゃないかしら。これは女のカンよ」



 たっぷりとした肉付きのよい(あご)を反らして自信満々に言うから、思わず笑ってしまった。



 (そういえば、喜代美の実家も本四之丁だったっけ……)



 笑いながらちらりとそう思ったけれど、そんな考えはすぐ消えてしまった。










 ※師事(しじ)……先生としてその人に仕え、教えを受けること。

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