この空を羽ばたく鳥のように。
けれどもだ。
あっさり消えた私の考えは、すぐに引き戻されることとなる。
裁縫の時間が終わっても、大半の娘達はすぐには帰らない。
大抵はしばらく残って、おしゃべりに花を咲かせる。
実はこれが花盛りの娘達にとって、何よりの楽しみなのだ。
私も例外ではなくその中のひとりとして、おますちゃんや他のお友達とのおしゃべりに夢中になっていた。
そんなところに彼女は現れた。早苗さんだ。
「私も、混ぜていただいてよろしいですか?」
可愛らしい笑顔でそう訊ねられて、一瞬 ためらいつつも「どうぞ」と席を空けてやる。
隙間のできた場所に彼女はちょこんと座ると、先ほどお師匠さまにつきっきりで面倒を見てもらっていた時と同じ微笑をたたえて、話に耳を傾けた。
しかしながら新入りの彼女が会話に入ってくると、好奇心旺盛な娘達はどうしても彼女に質問を集中させてしまう。
おますちゃんが特にしつっこく、この裁縫所へ来ることにした仕儀を探ろうとしていたが、彼女はゆったりと微笑んだまま最初の姿勢を貫き通した。
話題は尽きることがないが、あまり長居をしてしまうとお師匠さまや家の者に叱られてしまうので、そろそろお暇しようと皆で重たいお尻をようやく上げる。
私もおますちゃんと一緒に高木家を出ようとすると、なぜだか知らんが、早苗さんが私に話しかけてきた。
「あの……津川瀬兵衛さまのご息女、さよりさまでございますよね」
「えっ?……はあ」
不意打ちだったため、なんとも間抜けな返答を漏らす。
そんな私に、早苗さんは手を合わせて喜んだ表情を見せると、にっこりと微笑みかけた。
「やっぱり!よかったあ!私、さよりさまと一度お話ししてみたかったんです!」
「はあ……どうも」
なんか……苦手だな。この笑顔。
なんか 媚びたような笑顔。
こんなふうに笑えるのは、それが可愛く見えると自負しているからに相違あるまい。
そう考えてから、何か引っかかる言いように「あれ?」と思う。
『一度 話してみたかった』……?
「八三郎さまは、お元気でいらっしゃいますか?」
彼女は微笑を絶やさずに訊ねた。
※仕儀……事の成り行き。事の次第。
.