この空を羽ばたく鳥のように。
* 七 *
「どうですか、母上。この餡の味は」
「そおねぇ……もう少し塩気が欲しいわね」
かまどにかけた鍋や羽釜から、ぐつぐつと湯気があがる。
いいにおいが土間いっぱいに広がる。
「奥さま、もち米が蒸しあがりましたよ!」
「そう?それじゃ、急いでここへ広げて!」
台所の女達は大忙しだ。もちろん私も、今回はその一員。
年が明けて、私ももう十七になった。
もっぱら食べる専門だった私だが、お前もいい加減 作り方を覚えなさいと母上に叱られ台所にいる。
「さより、ほら!もっと腰を入れて搗きなさい!」
「全然なっていませんよ!ああ それでは粒が全部潰れてしまいます!」
羽釜の上に乗せたせいろで蒸しあがったもち米を、大鉢に移してすぐさますりこぎで搗く。
細かい指示と小言にうんざりしながらも、私は叱られながらすりこぎを持つ手を動かした。
みどり姉さまや女中達は、それを端から眺めて苦笑い。
粘り気がでてまとまってきた、ほどよく粒つぶ感の残ったもち米を熱いうちに皆で丸めていく。
そして冷ました餡できれいに包めば、ぼたもちの完成だ。
今日は彼岸の中日。
『暑さ寒さも彼岸まで』と言われるように、寒さもようやく和らいできた。
暖かな春の風が眠っていた大地を優しく揺り起こし、木々の梢をふくよかに芽吹かせる。
冬のあいだ家にこもりきりだった人々の閉塞感を開放してくれる、待ち遠しかった春。
お城から刻を告げる鐘の音が鳴り響く。
八ツ(午後2時)を報せる鐘だ。
「……いけない!もう約束の刻限だわ!」
なんとかぼたもちを作り終えると、私はたすきと前掛けを取り払い母上に声をかけた。
「母上!約束がありますので出かけてきますね!」
「えっ……!? ちょっと、さより!?」
「おますちゃんと彼岸獅子を見に行くんです!では、いってまいります!」
言うが早いか、驚く母上達を尻目にもう屋敷を飛び出していた。
これ以上付き合ってらんないわ。
やっと解放された喜びに 自然と足も軽くなる。
空は快晴。
この空も、春の到来を喜んでいるかのようだ。
澄んだ青空の昼下がり、私は供も連れずに走りながらおますちゃんの家へと向かう。
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