この空を羽ばたく鳥のように。
「おゆきちゃん!」
倒れたおゆきちゃんに、あわてて私もおさきちゃんも駆け寄ろうとするけど、人の波に逆らって進むことは容易ではない。
おゆきちゃんも立とうとするけど、人に揉まれて立てない。依然 地べたに座り込んだままだ。
早く人混みの外に出してやらないと。
座り込む彼女につまずいて誰かが倒れてきたら、あんな細い身体だもの。きっと無事ではすまない。
「すみません!ちょっと通して!」
もがいてもなかなか近づけないことに焦っていると、
「―――おい!何をもたもたしてる!さっさと立て!!」
鋭い声とともに、おゆきちゃんの手をグイッと引っぱり立ち上がらせてくれる人がいた。
見ればなんと、おさきちゃんの弟君だ。
弟君は立ち上がったおゆきちゃんの肩を庇うように抱きよせると、人混みの外に連れ出した。
ホッと安堵して、おさきちゃんと一緒にその後を追う。
人混みから出ると、少し離れた家屋の軒先で、立ちんぼのおゆきちゃんの脛についた土を、かがんで払う弟君の姿があった。
彼はおゆきちゃんを叱り飛ばしていた。
「まったくお前は……!足が悪いくせに、人混みに向かう奴があるか!
どんなに浮かれてたって人混みには近づくな!お前はどんくさいんだから!」
「はい……申し訳ありません」
彼女はしょんぼりとうなだれる。けど、その頬は紅に染まっている。
そして目の前で世話をやいてくれる弟君を、まぶしそうに見つめる。
かがみ込んでいる弟君のほうは、おゆきちゃんの着物の汚れを払いながら表情を曇らせていた。
よく見ると、着物がめくれてのぞく彼女の白い右足の脛には、遠目からでも分かる大きな傷痕があった。
それを見つめて、弟君はつらそうに顔を歪める。
「……あのふたり、可愛いでしょう?」
となりで同じように見ていたおさきちゃんが、目配せして悪戯っぽく笑った。
「もしかして あのふたり……」
「わかる?どうやら雄治は、おゆきちゃんのことが好きらしいのよ。会えばいつも怒鳴り散らしてるけどね」
「へえ……」
ふふっと笑って、おさきちゃんは優しいまなざしをふたりに向ける。
私はまた、おゆきちゃんのほうが弟君を好きなのかと思った。
弟君のほうが、彼女を好きなのか。
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