この空を羽ばたく鳥のように。
弟君が立ち上がると、おゆきちゃんは頬を染めたまま、微笑んでお礼を言う。
「利勝さま……ありがとうございます」
「いいか?お前が無茶するとまわりが迷惑するんだ!
くれぐれも無茶はするな!わかったか!?」
「はい!心得ました!」
乱暴に言われても、明るく応えるおゆきちゃんの笑顔は、まるで野に咲く小さな花のような可憐さで。
その表情から、彼女の喜びが容易く伝わってくる。
そしてその笑顔を見て、弟君は頬を染めながらも無理やり顔をしかめてそっぽを向いた。
(……ああ。なんだやっぱり。ふたりはちゃんと、想い合っているんだ)
ただ弟君のほうが、素直になれないだけ。
「私はねえ、あのふたりのやりとりを見るのが大好きなの。この先ふたりがどうなるか、すごく楽しみ」
おさきちゃんは愉快そうに言う。
それに対して、私は思うまま答えた。
「どうなるかって、どうにもならないでしょう」
彼は次男。兄君に何らかの問題がない限り、彼が家督を継ぐことはありえないのだから、おゆきちゃんを娶れるはずがない。
おゆきちゃんの家だって、以前耳にした話では 兄君がおられるらしいから、婿を迎える必要もない。
つまりふたりはたとえ相愛だとしても、今の段階では夫婦として寄り添えることなど到底出来はしないのだ。
おさきちゃんは苦笑する。
「夢がないわねえ」
「正論を言ったまでよ。あ、でも、弟君がどこか養子に入れば叶わなくもないかも。
それがダメなら、思い切って駆け落ちとか」
「おさよちゃん!」
おさきちゃんの眉がつり上がる。悪ふざけが過ぎたかと、私はペロリと舌を出した。
しかし、弟君の働きは見事だった。
あの人混みの中でおゆきちゃんを助けられたのは、彼の敏捷さももちろんだが、あの小柄な体格も幸いしたのだろう。
喜代美みたいなのっぽだったら、こうはいくまい。
それに何より彼女の危機にいち早く駆けつけられたのは、彼が常に彼女のことを気にかけているからだ。
たしかにおゆきちゃんは 足が悪いこともあり、小さな身体に気弱で控えめな性格も手伝って、
男じゃなくても守ってやりたくなるような雰囲気があった。
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