いつか、星の数よりもっと

「トッキー! よかった。最後に会えて」

そう言って、陽差しをばら蒔くように笑いかける。
緋咲の笑顔はいつも貴時から言葉を奪うので、ただ一度うなずいた。

「そうそう。これ、トッキーにあげる」

「……なにこれ?」

貴時の手に、作りの粗いぬいぐるみが押し付けられた。

「それ、あんまりかわいくないんだけど、トッキー思い出すから捨てられなくて」

不細工な犬は『ワン将』という駒を抱えて、歪んだ笑顔を張り付けている。

「ずっと持ってたんだけど、トッキーにあげる。いらなかったら捨てて」

「……ありがとう」

捨てていいなら、緋咲の手でそうして欲しかった。
貴時には決してできないから。

「トッキー」

玄関の段差を含めると、すでに緋咲を越えている貴時の頭に、やわらかい手が乗る。
きれいにマスカラが塗られた長い睫毛が、一本一本はっきり見えた。

「将棋、頑張ってね。おばちゃんとアドレス交換したから、離れたって情報は筒抜けだよ」

左後ろについた寝癖の上を、するり、するり、と緋咲の手が滑る。

「いつもいい知らせ待ってるからね」

なぜこの手を拒めるだろう。
たとえ、それがベビーせんべいのカスを払うのと同程度の意味だとしても。
すぐに他の男に触れるものだとわかっていても。
酒やギャンブルをまだ知らなくても、この世界には人生を狂わすものがあることを、貴時はよくわかっている。

「わかった」

甘ったるい桃のような香りと満足そうな笑顔を残して、緋咲は一歩下がった。

「じゃあ、お世話になりました。また帰省したとき遊びに来るね」

「緋咲ちゃん、気をつけて。大学生活楽しんでね」

「はーい。失礼しまーす」
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