いつか、星の数よりもっと
▲17手 いつか、星の数よりもっと
まぶたの腫れは濡れタオルをあててひいたけれど、それでもひかない熱に浮かされて、緋咲は団地までやってきた。
ただ会いたい、それだけで。
打算もない代わりに相手の迷惑も考えない衝動に身をまかせ、市川家のチャイムを鳴らす。
『……はい』
イベントが終わって3時間。
インターフォンから聞こえた沙都子の声からは、やや疲れがうかがえた。
「こんばんは。緋咲です」
『あ、ちょっと待ってね』
パタパタという足音と、鍵を外すカチャンという音に続いてドアが開いた。
「こんばんは。緋咲ちゃん、今日はわざわざありがとう」
「いえ、お疲れのところ、急に来ちゃってごめんなさい」
とりあえずどうぞ、と室内に招かれて、緋咲もお邪魔します、と上がり込む。
明かりが灯されても尚ぼんやり暗い玄関の先で、襖の奥は今日もしずかだった。
「あれ? おばちゃんひとり?」
リビングには誰の姿もなく、テーブルにも今しがた沙都子が座っていたと思しきイス以外、人がいた形跡はない。
「旦那は後援会の服部さんたちと飲みに行ってて。私もこれからちょっと顔出してご挨拶だけしてくるつもり」
テーブルを軽く布巾で拭き清め、空っぽになった牛丼のパックをシンクに運ぶ。
「だから今日の夕食は手抜きしちゃった」
疲れた笑顔を浮かべる沙都子の手元には、手付かずの牛丼がひとつ置かれていた。