いつか、星の数よりもっと

「トッキーは……大丈夫?」

緋咲の不安げな声を吹き飛ばすように、沙都子は笑って首を振る。

「大丈夫、大丈夫。それ心配して来てくれたのね」

熱い煎茶とカステラが緋咲の前に並べられる。

「いただきます」

緋咲がお茶を口に含んでいると、沙都子は廊下の先に視線を向けたまま言った。

「こんなことはよくあるのよ。奨励会に入る前から、将棋を始めてからずっと。最初は私もオロオロしたんだけどね、もう慣れちゃった」

高さのある家具で無理矢理収納力を上げたテレビ周りには、大小さまざまなトロフィーや盾、メダルなどがびっしりと並んでいる。

「泣いてるの?」

さあ? と、お茶をひと口飲む。

「私たちの前で泣いたり暴れたりはしないの。普通に会話もするし、ご飯も食べる。でも、何考えてるかはわからないな」

黙って痛みに耐えているのか、声を殺して泣いているのか、襖の向こうは貴時以外、誰にもわからない。

「明日には元気になってるから、緋咲ちゃんも気にしないで」

そわそわと落ち着きのない様子に、緋咲は腰を浮かせる。

「ごめんなさい。出掛けるところだったよね。また改めて来るから」

そう言うと、沙都子は引き留めることなく、申し訳なさそうに顔を歪めた。

「せっかく来てくれたのに、本当にごめんね」

「連絡もせずに来た私が悪いから」

沙都子も出る準備をして、ふたりで玄関に向かう。
靴を履いて鍵を準備する沙都子の後ろで、緋咲も爪先を靴に伸ばしたけれど、ふたたび廊下の上に戻した。

「おばちゃん、もうちょっとだけトッキーを待ってみてもいい?」

沙都子は困った子を見る顔で微笑む。

「いいけど、多分出てこないよ?」

「あと10分だけ待って、ダメなら帰るから」

「うちは構わないけど、帰りは気をつけてね」

「ありがとう。いってらっしゃい」
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