いつか、星の数よりもっと
昇段の正式発表は18時過ぎにあった。
将棋関係のSNSで、
『今期の三段リーグが終了し、市川貴時三段(石浜和之八段門下)と諏訪聖南三段(須藤兼人七段門下)が四段昇段を決めました』
とアップされていた。公式発表でも、
『新四段誕生のお知らせ
東京・将棋会館で行われました奨励会三段リーグ戦において市川貴時三段と諏訪聖南三段が四段昇段を決めました。最終成績は市川三段15勝3敗、諏訪三段13勝5敗です。なお四段昇段は、10月1日付けとなります。』
とあり、貴時と諏訪が大きな王将の駒を持っている写真が掲載されていた。
『市川 貴時(いちかわ・たかとき)
得意戦法 相掛かり
趣味 散歩
将棋を始めたきっかけ 6歳のとき、父に教わりました
本人のコメント
前期までは焦りもあって思うような結果を出せませんでしたが、今期はどの対局も集中して指せました。今後は地元を中心に普及に励むとともに、タイトルを獲得できるように頑張ります』
ネット上には貴時の情報が一気に広まっていく。
『市川さんには以前指導対局でお世話になりましたが、やさしく丁寧に教えてくださいました。本当におめでとうございます!』
『息子が初めて出場した将棋大会で優勝されていたのが市川三段でした。感慨深いものがあります。プロ入りおめでとうございます』
おめでとう、という声があふれ、スクロールしても次から次へと尽きることがない。
「本当に、本当に昇段したんだね」
痺れるような喜びがじわじわと胸を満たし、緋咲は何度も何度も記事やSNSを見た。
胸いっぱいで食事もとらず、ベッドに寝転んでさまざまに流れる情報を拾っていると、
『市川君の昇段祝いに来てまーす!』
という棋士のSNSを見つけた。
添付されていた写真には5~6人の男子に囲まれて、貴時が笑っていた。
公式に取材を受けたものと違って、ごく自然な笑顔に、緋咲の目からは涙が溢れる。
彼らは戦う相手であったり、未だ昇段できない奨励会員であったり、写真にある笑顔ほど手離しで喜んではいないかもしれない。
けれど、同じものを目指し、同じ世界を生きる者として、貴時の居場所は確かにそこにあった。
普通に遊んで、普通に恋をして……それでは得られない繋がりもあるのかもしれない。
貴時のすぐ隣でへらっと笑う棋士の姿を見つけて、緋咲はそう感じていた。
それは、貴時が何度も負けたあのライバルだったから。
「おめでとう、トッキー」
人生で忘れられない瞬間に立ち会ったのが自分でなくても、その笑顔があるならそれでいい。