いつか、星の数よりもっと

「あんた、貴時君傷つけたら許さないよ」

ビールで喉を潤した紀子が、潤った勢いのままに斬り込んだ。

「……知ってたの?」

「母親の観察眼をナメるんじゃない」

緋咲の恋愛に関しては、ごく稀に「気をつけなさいよ、いろいろ」と言う程度で、これまであまり首を突っ込んできたことのない母親だった。

「将棋一筋だった貴時君が、急に理由も言わず外泊するようになったら、沙都子ちゃんだって気づくわよ。『多分、緋咲ちゃんだと思う』って言われたときの私の肩身の狭さ! トイレットペーパーの芯だって通り抜けられるほどだったわよ!」

紀子の体型を眺めて、肩身は狭くても、お腹がつっかえるだろうと思ったことは口にしない。

「普通にお付き合いしてるだけだよ」

「我が娘ながらあんたの“普通”が怖いのよ。相手は郷土の至宝よ! 素行の悪い娘に傷つけられて将棋に影響したら、私、スーパーたけかわだって歩けなくなるわ!」

「その時はレフレマートに行ってよ」

それしか返す言葉もなく、ローストビーフの残りを詰め込む。
先日七瀬に報告したときも同じような反応だったのだ。

『トッキーに手出したの!? 堕ちるところまで堕ちたな! この極悪人!』

さすがにあんまりな言い様だったので、

『トッキーだってもう19歳、大学一年生と同じ年齢だよ』

と反論したのだけど、

『そこらへんの盛りのついた男子大学生だったら構わないけど、トッキーはダメ。かわいそう過ぎる! よりにもよって一番後腐れる相手なのわかってる? もし弄んで捨てたら、さすがに友達やめる』

と返ってきた。
誰も彼も貴時の味方で緋咲は悪者だ。
緋咲としては自分の方が捨てられる危険性が高いと思っているのだけど。
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