いつか、星の数よりもっと
靴を揃えた緋咲は、リビングの方に足を進める。

「アイスコーヒーでいいかしら?」

緋咲を追い越すようにしてキッチンに立った沙都子が冷蔵庫を開けながら聞いた。

「ワガママ言ってもいいなら、ホットがいいな。今家でアイス食べたら寒くなっちゃって」

「もちろんいいわよ」

沙都子は棚を開けてコーヒー豆を取り出し、コーヒーメーカーにセットした。

「こーんな薄着してるからでしょう」

緋咲の肌はやはり冷えているらしく、二の腕に触れた沙都子の手がとても温かい。

「外は暑かったんだもん」

汗で湿ったカットソーは、背中が冷たくなっていた。

なんにも用意がなくて、と言いながら、菓子盆に大袋からソフトクッキーをあけている沙都子に、緋咲は思い出して紙箱を渡す。

「あ、これお土産です。あとで食べて」

紙箱の隅に押してある葉柄のスタンプを見て、沙都子の顔がパッと輝いた。

「これ、もしかして」

「グリーンファクトリーのアップルパイ」

「やっぱり? これおいしいのよね! ありがとう。いただきます」

コーヒーがはいり、沙都子はカップを3つ用意した。
しかし、三人目の姿はまだない。
廊下の先をもう一度見た緋咲は、諦めて沙都子にお祝いを伝えた。

「三段昇段、おめでとうございます」

嬉しそうなのに憂いを含んだ顔で沙都子は笑う。

「ありがとう」

「忙しいのにいつも連絡くれて、こちらこそありがとう」

「いいのよ。私にはそれくらいしかできないんだから」

コーヒーカップを差し出されて、緋咲はもう一度感謝を告げてからシュガーポットに手を伸ばした。

「……ここからが、大変なんだよね」

奨励会三段は、もちろん個人差はあるけれど、プロと遜色ない棋力がある。
神童や天才が集まる奨励会の中で、一番上の段位なのだ。
一般的感覚からすると人ならぬもののように強い。
ただ、制度がプロかそうでないかを分けているだけだ。

奨励会では三段になると三段リーグに参加することになる。
三段同士で半年で18局戦い、上位2人だけが四段昇段、つまりプロになれる。
半年で2人、一年で4人。
特別な場合を除いて、これが現状将棋のプロになれる定員で、どんなに棋力がプロレベルであっても、その2人に入らなければただのアマチュアで終わってしまう。
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