いつか、星の数よりもっと
このタイミングで襖が開いて、廊下を歩く足音がだんだん近づいてくる。
カチャリというドアの音と同時に、

「久しぶりトッキー! 三段昇段おめでとう!」

と、緋咲は声を掛けた。
そのあとに貴時を視界に入れて、一瞬言葉を失う。

「ありがとう」

部屋の空気が変わっていく。
沙都子と緋咲。
女同士のおしゃべりの中に、明らかに異質な低い声が入り込んだ。
二年前に会ったときは中学三年生。
そのときもすでに声変わりはしていて緋咲もさんざんからかったけれど、それよりもさらに落ち着いて、どこか艶さえ感じる声になっている。
中学二年生からかけているメガネも、緋咲にとってはまだ慣れないものだった。

向かい合って座る沙都子と緋咲を見下ろして少し悩んだあと、貴時は沙都子の隣のイスに座った。
昔から線も細く、身長も高い方ではなかったけれど、男性特有の圧迫感はテーブル越しでも伝わってきて、緋咲はひっそりと身を引いた。

「背……伸びた?」

「ひーちゃんは会うたびにそれ聞くよね」

「だってそう思うんだもん」

「そんなに変わってないよ。172とか3とか、そのくらい」

もっと背の高い彼氏なんて過去にいくらでもいたのに、もっとずっと大きくなったように感じるのは、小さな頃を知っているせいだろうか?

「他人の子ってしばらくぶりに会うとびっくりするわよね。特に男の子は。一時期、毎日見てる私でも大きくなってるのわかったもの」

貴時は興味なさそうに残っていたコーヒーカップを引き寄せて、そのまま飲んだ。

「トッキー、まさかブラック!?」

「そのときの気分だけど、ブラックでも飲めるよ」

「ショックー! 私ブラック飲めないのにー!」

「甘いの食べるときって、飲み物は甘くない方がよくない?」

貴時は三種類あるソフトクッキーの中からキャラメル味を選んで袋を開ける。

「ううん。甘いものと甘い飲み物がいい」

「ひーちゃんは変わらないね」

「あ、今バカにしたでしょ?」

「そういう意味じゃないよ」

キッチンに立っていた沙都子がアップルパイをお皿に乗せて持ってきた。

「これ、緋咲ちゃんのお土産。緋咲ちゃんもよかったら食べない? たくさんあるし」

「じゃあ遠慮なく~」

お皿はふたつだけで、沙都子は時計を見て出掛ける準備を始める。

「来てもらったのに、これから仕事なのよ。ごめんね緋咲ちゃん。ゆっくりしていって」

沙都子は朝から書店で、夕方から焼き肉店でパートをしている。
これから行くのは焼き肉店の方だ。

「あ、はい。こちらこそ忙しいときにごめんなさい」

玄関を出ていく沙都子を緋咲と貴時が見送る。

「行ってきまーす!」

「いってらっしゃーい」

「いってらっしゃい」

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