いつか、星の数よりもっと
「はあ、はあ、はあ、はあ、」
自転車は跨線橋に差し掛かり、ふたりとも自転車を押して歩いていた。
きつい上り坂が長く続き、すでに遅れ気味だった貴時との距離はさらに開く。
緋咲は貴時のところまで戻り、その自転車を受け取る。
「私、ふたつ持てるから、トッキーは頑張って歩いて」
自転車をふたつ引くことは、ひとつに比べてはるかに筋力を使った。
すぐにバランスが崩れるので変なところにまで力が入る。
何度も自転車ごと倒れそうになり、緋咲の腕はパンパンになった。
貴時の自転車は補助輪のために倒れなかったが、その補助輪が思った以上に重い。
「あとちょっとで着くからね」
「うん」
貴時が不安げに瞳を揺らすので、息を切らしながらも緋咲は笑う。
荒い呼吸を繰り返すと、側を通る車の排気ガスが身体の奥まで入り込んだ。
折り返し地点が近づいて、坂の傾斜はだいぶ緩やかになる。
けれどさっきまでの無理がたたって、腕にも脚にも力が入らない。
「ごめん。ちょっと、休憩……」
跨線橋の上からは、ふたりの住んでいる街が広く見渡せた。
緋咲にそれを見る余裕はなかったけれど、少し余裕の出た貴時はその埃で霞んだ灰色の街を新鮮な気持ちで眺めていた。
過疎化と高齢化が進んだ地方都市の現状など何も知らないながら、華やかなところでないことは見ればわかる。
「わあ……」
それでも、ふたりで汗だくになって見た景色は、貴時に感嘆のため息をつかせた。
遠く暮れなずむ秋の山々を背景に、オモチャのように小さな家が建ち並ぶ。
その間を行き交う車は、ぶつかることなく流れて、誰かをどこかへ運んでいく。
この街に自分は生きていて、緋咲もいるのだ。
当たり前に息づく街並みを、貴時の小さな胸は愛情を持って受け入れていた。
ふたたび自転車に乗り、今度は急な坂道を降りる。
上りより楽に思えた下り坂も、気を抜くと引っ張られてバランスを崩すので、スピードを殺しながらゆっくり進んだ。
「大丈夫! いいところだから」
“いいところ”でなくとも貴時は構わなかったが、緋咲の笑顔に応えて笑い返す。