いつか、星の数よりもっと
跨線橋を渡り切ると、駅前の少しゴミゴミとした通り沿いに進んでいく。
昔からある商店街は建物も古く、経営が心配になるような花屋、薬屋、果物屋、洋品店などが軒を連ねている。
その中にある靴屋とラーメン屋の間の細い通りを、緋咲は入っていった。
「はあ~~~、着いた~~~」
『大槻将棋教室』
ヒビの入った雑居ビルの二階にはそんな看板が出ている。
しばらく前に駅前で買い物をした折り、近道をしようと迷い込んで見つけた場所だった。
他に税理士事務所が入っているばかりで、ほとんどのフロアは空いている。
貴時にその漢字は読めなかったけれど、窓ガラスに描かれた王将のキャラクターで目的はすぐにわかった。
その安易なイラストを前に、貴時の手足には熱湯のような血がめぐった。
薄暗い階段に、ふたつのスニーカーの音が響く。
連れてきた割に不安そうな緋咲が、そっと貴時の手を取った。
暴れる高揚を抑えるように、貴時はその手を強く握り返す。
汗まみれの手がお互いを励まし合っていた。
「こんにちはー」
ドアの先は、パチパチという駒音と、パンッとチェスクロックを叩く音に支配されていた。
学校の教室くらいの広さのフロアに、幾人かの人たちが向かい合って将棋を指している。
その中には緋咲と同じくらいの男の子も、それより小さな子も混ざっていた。
「いらっしゃい。初めてですか?」
カウンターに座っていた初老の男性が、緋咲と貴時を交互に見下ろして言った。
「はい」
手のぬくもりに背中を押され、怖じ気づきながらも緋咲ははっきりと答える。
「今日はふたりだけですか? お父さんやお母さんは?」
「ふたりで来ました」
「ふむ」
男性は6割ほど白くなった髪をひと撫でしてから、カウンターを回って緋咲の前にしゃがんだ。
誠実な人柄が伝わる眼差しを、同じ高さから緋咲に向ける。
「ここはね、いろんな人と将棋を指したり、教えてもらったりするところです。今日の教室はもう終わってしまったし、将棋を指すだけでも席料といって、小学生ならひとり300円かかります。一度お父さんかお母さんと一緒に来て、許可をもらえたら、次からはふたりで来てもいいですよ」
「……………」
ただで将棋が教えてもらえるとは思わなかったけれど、見るくらいは許されると思って貴時を連れてきた。
けれど、真剣に将棋を指すその空気は、そんな甘さを許してくれない。