いつか、星の数よりもっと
二時間以上無断でいなくなっていたため、緋咲は母親から電話越しでひどく怒られた。
心配であちこち探していた貴時の両親と一緒に、すぐに車で来てくれるという。
それまでの間、やはり貴時は男性相手に将棋を指し、今度は男性が要所要所で説明しながら勝ちへと導く。
「ここまでくればもうわかりますね?」
貴時はうなずいて、歩を成った。
男性が金を引き、それから数手パチパチとしたところで、
「負けました」
と男性が頭を下げた。
そして、
「相手が投了したら、感謝と敬意を込めて、自分も頭を下げること」
と、貴時にも頭を下げさせる。
「ありがとうございました」
大切に磨かれた駒が、蛍光灯の下で艶やかに光る。
それを見つめる貴時の頬っぺたは、喜びの色に染まっていた。
ひどく怒られるかと思っていたけれど、親たちの気勢は男性の話によって削がれてしまった。
「初めまして。この教室で席主を務めております大槻均と申します」
大槻は県内で唯一、指導棋士の資格を持つこの教室の管理者だった。
指導棋士というのは、奨励会を退会したあと、希望により申請できる資格で、将棋の普及指導にあたる人たちのことだ。
将棋会館が遠いこの場所からは奨励会員さえなかなか現れず、従って指導者も多くない。
「市川君と何局か指させていただきました」
貴時の両親は恐縮したように頭を下げるが、大槻はそれを制して話を続けた。
「指してみての感触なんですが、市川君は非常に筋がいいように思います。もちろん、まだまだ入口に立ったばかりで知識も経験もこれからでしょう。それでも、一局指すごとに前の失敗をすぐに修正してきます。ハッとさせられる、いいところに手が伸びてくるんです」
どこまで理解できているのか、貴時は黙って大槻の顔を見上げていた。
それを見て、大槻はふっと表情を緩める。
「何より彼はとても将棋が好きなようです。根性もある。ぜひ、伸ばしてあげていただきたいんです」
貴時の両親は驚いて息子を見下ろし、緋咲と母親はその様子を一歩下がって見守っていた。