いつか、星の数よりもっと
半分ほど埋まったサロンのテーブルを素通りして、大槻はカラフルなマットが敷かれたキッズスペースに向かう。
靴を脱いで、似合わないかわいらしい色合いのローテーブルの前に迷いなく座った。
「どうぞ、どうぞ。今は空いてますから」
ピンクと黄色のローテーブルの上には、はみ出さんばかりに大きな盤が載っていた。
しかしマスは縦に4マス、横に3マスだけ。手のひらサイズの大きな駒には、かわいらしいイラストが描かれてある。
「このくらい大きな駒なら、失くす心配ないですよね。それに老眼にもやさしい」
少し緊張していた緋咲は、その笑顔にホッとして駒を手に取った。
「これも将棋ですか?」
ちゃんと角を丸く整えられた正方形の駒にはライオンのイラストと、黒い点が描かれている。
「立派に将棋です。ライオンは王将と同じ動き、ひよこは歩、ゾウは角に似ていて斜めにひとつずつ、キリンは飛車に似て前後左右にひとつずつ動けます。黒い点が進める方向です」
そしてひよこをくるりと裏返す。
「ひよこはほら、一番上まで進むとにわとりに成れるんです」
どこまでもかわいい仕掛けに、つい笑い声が漏れた。
大槻も笑って駒を並べる。
「まずは難しいことは考えず、私のライオンを捕まえてみてください。先手を譲りますので。では、よろしくお願いします」
「あ、はい。よろしくお願いします」
心の準備が整わないうちに対局が始まっていた。
駒はたった4つしかないし、動かし方もかんたんなのに、何をどうしていいのかさっぱりわからない。
とりあえず、ひよことひよこがぶつかっているので、大槻のひよこを取ることにした。
駒の動きを確認して、ひよこを取り、そのマスに自分のひよこを進める。
うまくできたような気がして満足していると、すぐさま大槻が斜めにゾウを動かして緋咲のひよこを取り返した。
「……あれ? あ、そっか」
大槻のゾウがそこに動けることをまったく考えていなかった。
自分だけ得するようなうまい話が、そうそうあるわけない。
今度はぶつかっている駒もなくなり、さっきよりもさらにどうするべきかわからなかった。
時間制限があるわけではないのに、待たせているプレッシャーを勝手に感じて焦り出す。
背筋を伸ばして座っている大槻の冷静な態度が、緋咲の焦りに拍車をかけていた。
とりあえずキリンを前に進めると、大槻も間髪入れずにキリンを進める。
やっと一手指したのにまたすぐに緋咲の手番になり、休む間のない脳が機能のほとんどを停止した。