いつか、星の数よりもっと
「王手というのは怖いものですよね。これだけ長く将棋を指してきて、何度も経験しても、心臓の片隅がヒヤリとする」

逃げた緋咲のライオンを大槻は元の位置に戻す。

「逃げてばかりいては勝てません」

言われて、今度はひよこを取った。
大槻は緋咲のゾウを取ったが、王手はかかっていない。

「今取ったひよこを私のライオンの前に打って、」

言われるままにひよこを打つ。

「私はこっちに逃げるしかないから、」

大槻がライオンを逃がすが、それで行き止まりだ。

「さあ、ひと思いにどうぞ」

緋咲は大槻のライオンを追いかけるようにキリンを打った。

「負けました」

潔い声で大槻が投了した。

「……ありがとうございました」

ほとんどため息で答えるほど、ぐったり疲れていた。
駒ひとつ動かすために、駒の動きを考え、相手の駒の利きを考え、取られたら取り返せる配置を考え、その考え得るパターンの中で一番勝利に近いものを探す。

「将棋って、考えることが多すぎます」

「そうでしょう、そうでしょう」

大槻は嬉しそうに笑う。

「私たちはこれを81マス40枚の駒で行っています」

たった12マス8つの駒でさえ、対局中は広く感じた。
81マスという将棋盤が、今の緋咲にははるか地平線の彼方まで続いているように思える。
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