いつか、星の数よりもっと


『それではただいまより、市川貴時奨励会三段と遠島潤一アマチュア五段の席上対局を行いたいと思います』

前列は埋まってしまい、中ほどのパイプイスに座って、緋咲はそのアナウンスを聞いていた。
会場全体から拍手が起こる中、貴時と遠島は軽く一礼して、用意のテーブル席についく。

『市川貴時奨励会三段。現在17歳、高校二年生です。6歳で将棋を始めて大槻将棋教室に入会。小学校五年生のとき、小学生将棋名人戦で準優勝し、その年、6級で奨励会に入会しました。この五月、規定を満たして三段に昇段。十月からの三段リーグで、いよいよプロ入りを目指しております』

プロフィールが紹介される中、貴時は一礼して駒箱に手を伸ばす。
対局では、上位の人間が駒の出し入れをすることになっていて、これは年齢や経験は関係ない。

『遠島潤一アマチュア五段。現在36歳。小学校一年生で将棋を始め、中学三年生で中学生名人戦の県代表になりました。高校では高校選手権団体戦の県大会優勝。大学学生王将戦7位と、常に活躍を続けていらっしゃいました。現在は県名人戦を二連覇中。今後も活躍が期待されます』

遠島の経歴も普通ならば見上げるほどに立派なものだ。
年齢も貴時の倍近く恰幅もいいので、貴時はひときわ小さく細く見える。
が、“王将”を取る貴時の手つきは堂々としていた。
遠島も小さな頃からずっと将棋を指してきたのだから、手つきも態度も慣れたものだけれど、貴時の肘から先の流れるような動きには、それ以上の凄みを感じる。
それが何による違いなのか、緋咲にはさっぱりわからなかった。

さっぱりわからなかったのは対局内容も同様。
対局はチェスクロック(対局時計)という独特の機械を用いてなされた。
時計がふたつ並んだもので、それぞれの上にボタンがついている。
持ち時間をセットし、スタートすると、手番の方の時間が減っていく。
だから、一手指したら自分の時計の上にあるボタンを押すのだが、そうすると相手の時計が進んで時間が減っていく、という仕組みだ。

対局は平手(ハンデなし)で、遠島が先手となった。

「先手、遠島アマ、▲7八飛」

チェスクロックの後ろには、記録係がいて、指し手の読み上げと棋譜の記録を取っている。
その読み上げを聞きながら、対局の隣にあるホワイトボードで解説が行われていた。
将棋道場でも棋譜の解説会をするところもあるし、講義をするところもあるから、解説者のトークも流暢だった。
しかし、慣れている分どこか授業に近い雰囲気もあり、さきほど将棋の入り口を覗いた程度の緋咲では内容についていけない。
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