いつか、星の数よりもっと


春霞といううつくしい響きとは裏腹に、はっきりしない青空が寒さを呼び寄せるような朝。
貴時は小学校の登校初日を迎えた。

登校班は団地のⅠ号棟からⅢ号棟に住む5人で組まれ、住宅街の細い通りを六年生の緋咲を先頭に、一年生のひより、三年生の野々花、一年生の貴時、そして五年生の慎之介の順で歩いて行く。

「車来たから寄ってー」

通勤時間帯で車も自転車も多い。
緋咲はたびたび声をかけながら、ひよりに注意を払っていた。
淡々と変わらない貴時は、相変わらずひとり将棋の世界にいるものの、これといった問題は起こさない。
むしろ新しい環境に萎縮しているひよりの方が緋咲は心配だったのだ。

「ひよりちゃん大丈夫?」

強張った顔で小さくうなずく彼女に、緋咲は何度も振り返って声を掛ける。
けれど表情は固いまま。
今にも泣き出すのではないかと、緋咲の気持ちはそのことでいっぱいだった。

整形外科と薬局の前を通り、ケーキ屋さんの角を曲がって、まだまだ住宅街の細い通りは続く。

「おはようございまーす!」

新学期とあって、PTAのおばさんが旗を持って立っているので、みんなできちんと挨拶する。

「おはようございます。赤信号だから、こっち側に寄って待っててー」

主要幹線道路に差し掛かり、緋咲は言われた通りみんなを通り沿いに建つ民家のブロック塀に集めた。
担当のおばさんが信号機の押しボタンを押す。

「危ないから動かないでね」

近くに高校があるため、すぐ目の前の歩道をたくさんの自転車が走っていく。
信号さえ守っていれば車はむしろ安全で、自転車の方がよほど気を使う存在だった。

「ここ渡ったら、あとちょっとで着くからね」

緋咲ではなく赤信号を見たまま、ひよりはこくんとうなずく。
その肩に軽く触れながら、じりじりした気持ちで赤信号を見つめていた。
押しボタン式の横断歩道は、比較的すぐ青信号に変わるはずなのに、今日はいつもより時間がかかっているように感じる。
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