いつか、星の数よりもっと

貴時を意識外に置いていたと気づいたのは、黒いランドセルを背負った小さな背中が、ふらふらと歩道に飛び出したときだった。
列の後方にいたせいで、先頭の緋咲から貴時の姿はほとんど見えない。
だから、猛スピードで飛ばしてくる自転車を、危ないな、と見ていた視界の端に、沙都子が作ったアップルグリーンの給食袋が揺らいで見え、全身の血が引いた。

「トッキーーー!!!」

危ないという認識は、すべてが終わった後に自覚した。
キィィィィィィッというブレーキ音が派手にして、近くを歩いていた人々も振り返る。
けれど衝撃はなく、「あっぶねぇ!」という怒声に近い声が頭の上でしただけ。
真新しいランドセルとそれを背負う小さな身体を強く抱き締めて、緋咲は動けなくなっていた。
その横を、自転車は再びキイキイと錆び付いた音を残して通り過ぎて行く。

「大丈夫!?」

おばさんと他の子どもたちも集まってきた。

「ひーちゃん?」

腕の中でか細い声がして、緋咲は抱き締めていた力を弱める。
ぱちくりと目をしばたかせる貴時に、初めて声を荒げた。

「なんで飛び出したりしたの!」

貴時の方は怒られる理由がわからず、きょとんとしている。

「だって、ボタンがちゃんと押されてなかったから」

古いボタンは反応が悪くなっていたようで、本来ついているはずの「おまちください」というランプは確かに消えたままだった。
当然のように答える貴時は、いつもの貴時だ。
緋咲に飛び付かれて尻餅はついたものの、黄色い帽子に押し込んだ寝癖もそのまま。
アップルグリーンの給食袋は汚れひとつない。
それがわかった途端、緋咲の胸の奥から安堵の涙が溢れ出た。

「トッキーが死んじゃうかと思ったじゃない!!」

うわああああん、うわああああん、と大声で泣く緋咲を、貴時は表情を変えずに見つめていた。
いつもお姉さんぶる緋咲の、めったに見ない弱々しい姿だった。
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