いつか、星の数よりもっと

「あらあら! ちょっと、すごい擦り傷!」

おばさんが泣きじゃくる緋咲のそばにしゃがんで膝を見た。
飛び出したときにアスファルトで擦れたらしく、緋咲の右膝はズルズルに剥けていたのだ。
新学期だからと、寒いのを無理してスカートを穿いたことがあだとなった。

「大丈夫、大丈夫。泣かないで。とりあえず応急処置だけするからね」

おばさんは自宅から消毒薬とガーゼを持ってきて、緋咲の右膝に充ててくれた。
傷はやや大きかったけれど、所詮はただの擦り傷。
その後学校で処置してもらったそれは、ひと月後には跡形なく治っていた。

貴時に飛び出したという感覚はなく、暴走自転車もちゃんと認識していた。
その上で問題なく間に合うと思って、ボタンを押しに行ったのだ。
そしてその通り、緋咲さえ追い掛けて来なければ、十分にやり過ごせたはずだった。
それでも、大きな擦り傷を作りながらも、何より先に貴時のことを心配する緋咲の姿は、貴時に少なからぬ衝撃を与えた。
緋咲の腕の中から見た、歩道に残った血の痕は、実際のものよりずっと色鮮やかに貴時の脳裏に焼き付いていく。

この世界には、自分のために泣いてくれるひとがいる。

しばらくの間、将棋盤しかなかった世界に、一点赤い色が入り込み、次から次へと色が戻っていく。
朝ごはんの卵焼きの黄色も、引き直されたばかりの横断歩道の白も、緋咲の黒い瞳の色も。

将棋に夢中なことは変わらないけれど、同じだけ大事なものが、他にもある。
そのことを、ようやく思い出していた。






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