いつか、星の数よりもっと
▲7手 『誠心星為』
大きな窓に沿って並ぶカウンターの隅で、緋咲は地元ラーメン店の醤油ラーメンをすすっている。
チャーシュー二枚にメンマとネギ。
これといって特徴のないラーメンだ。
イベントがあるときの昼、フードコートなど当然混んでいて、背後のテーブル席は喧騒に満ち満ちている。
感想戦が終わったのは12時半を回った頃。
サロンコーナーは交代で人が付くけれど、イベントも一旦お昼休憩となった。
貴時は控え室で、提供されるお弁当を食べているだろう。
窓は中庭に面していて、広がる芝生もぐったり暑そうに見える。
強い太陽光が池に反射して、水面の揺れに合わせてキラキラとその破片をばら撒いていた。
「ひーちゃん、それ好きだよね」
空いていた隣の席にまず紙コップが置かれ、続いて人影が座った。
ラーメンをすすっている途中だったので、すぐには確認できなかったけれど、「ひーちゃん」と呼ぶのは貴時しかいない。
「『好き』っていうか、これなら失敗しないでしょ?」
ラーメンスープはその土地によって特徴が違う。
地元に愛着がないようでいても、身体に染み付いたものには逆らえない。
どんなにおいしいラーメンであっても、別の地域の出汁では満たされない何かがある。
「そういうのを『好き』って言うんじゃないの?」
「言われてみればそうかも。結局最後に食べたい味って、慣れたものだよね」
感心する緋咲に笑いながら、貴時は紙コップを傾けた。
「それ、まさかブラック?」
蓋で見えない中身を想像して緋咲は訊ねた。
「ううん。ミルクティー」
甘いものには甘くないものを。
昨日そんな大人びたことを言っていた少年は、今日ずいぶんかわいらしいものを飲んでいた。
「頭使ったから糖分欲しくて」
頭の疲れを取るかのように、貴時はゆっくり左右に首を傾けている。
「でも余裕そうに見えたよ」
「今回は遠島さんの作戦負けなところもあったから」
何のてらいもなく貴時は言う。
「トッキーでもアマチュアに負けたりするの?」
「アマチュアでも強い人は強いよ? 元奨励会三段だってたくさんいるし、アマ名人あたりになるとさすがに楽じゃないよね」
重い頭を支えるように頬杖をつく姿は、すでにずいぶん疲れて見えた。