いつか、星の数よりもっと
「おまえ、将棋強いんだって?」
五年生の雅希が将棋盤と駒を抱えて貴時のところに来たのは、二日前の昼休みが始まってすぐのことだ。
雅希は同じクラスの優希の兄だが面識はなく、貴時からするとあまりに唐突な訪問だった。
貴時のクラスで将棋を指せる子はほとんどおらず、貴時も学校で将棋を指したことはない。
それなのになぜ自分が指名を受けたのか、考える間もなく雅希は貴時の前の席に座って将棋盤を広げる。
駒を並べるその手つきから、それなりに指せる子であることはすぐにわかった。
わからないことはたくさんあっても、目の前に駒を並べられたら、貴時に拒む理由はない。
「よろしくお願いします」
貴時はいつも大槻から厳しく言われている通り、はっきりした声で雅希に頭を下げた。
ところが彼は答えもせず、歩をピシッとひとつ進める。
美濃囲い四間飛車。
学校で目にするとは思わなかったけれど、貴時にとっては珍しい戦法でもない。
将棋教室でよく指す“中西さん”が得意とする戦法だったからだ。
いつもそうであるように、貴時は相手の出方を伺いつつ玉を穴熊に囲う。
初めて指す相手への期待でドキドキはしたけれど、緊張や恐怖はなかった。