いつか、星の数よりもっと
それから二日間。
自分に非がないからといって、さっぱり割り切れる性格でもなく、貴時は重苦しい気持ちで将棋盤に向かっていた。
始まってしまえば読みに集中するから気にならないけれど、頭に余裕ができると、考えても仕方のないことで悩んでしまう。
そんな時間を将棋教室で過ごした帰り際のことだった。
「市川君」
大槻に呼ばれて、貴時はカウンターの横にある応接セットのところに向かった。
長年使われて色褪せたピンクのソファーは、貴時の身体には大きく、端に腰掛けても脚は宙に浮いた。
「ちょっと、確認の電話があったんです」
大槻には珍しく、言葉を選んで濁すような口振りだった。
「ここにひとりで来るのは、あんまりよくないかもしれません」
「……どうしてですか?」
すがりつくような貴時の声に、大槻は困り果てて白髪混じりの眉を下げる。
「詳しいことはお家に帰って、お父さんとお母さんから聞いてほしいんですけど、ここに通ってるお客さんのひとりが、学校に報告したみたいなんです」
直感的に、優希のお父さんか誰かだろうと貴時は感じた。
貴時が初段を持っていることを知っていたのだから、この教室に来ていてもおかしくない。
「私が悪かったんですよ。市川君の熱意が嬉しくて、そんな基本的なところを見て見ぬふりをしてきました。今度はお父さんやお母さんと一緒に来てください」
貴時はパンツの膝のところをぎゅうっと強く握った。
「お父さんもお母さんも仕事が忙しくて、なかなか来られません」
「来られるときだけ来ればいいんです。無理することじゃありません」
「でもぼくは来たいんです。将棋が指したいんです。毎日」
泣き出しそうな貴時のうるんだ視界では見えていなかったけれど、大槻もひどくやさしい目に、うっすらと涙をたたえていた。
「市川君」
しかし声に変化はなく、いつものやさしくも有無を言わさない迫力を持って、ゆっくりと話した。
「将棋はただのゲームです。何より優先していいことじゃありません。決まりを守ること、お父さんとお母さんの言うことを聞くことの方がずっとずっと大切です。プロ棋士になるならともかく、本来なら友達と外で遊んだり、学校の勉強をすることの方が大切でしょう。人生は長い。この先いくらでも将棋を指す機会はあります。私はいつでもここで待ってますから」