いつか、星の数よりもっと
「生意気なトッキーのおごりだからね。贅沢にキャラメルラテにしちゃおーっと」
緋咲がパタンと勢いよくメニューを閉じると、その風で前髪がふわっと散った。
貴時が店員に向かって、すみませんと手を上げる。
「キャラメルラテひとつと、本日のコーヒーひとつ」
「かしこまりました」
店員が下がってから、緋咲はふたたびメニューを開く。
キャラメルラテ460円。
本日のコーヒー480円。
「……これも男のプライド?」
「違うよ。どんなのかなー? って単純に」
「生意気~~~!!」
ふんっと拗ねて窓の外を見る緋咲の姿に、貴時はふっと笑みを漏らす。
お姉さんぶるくせに、背伸びしようとしないところがなんとも緋咲らしくて。
半分下ろされたブラインドの隙間から、傾き始めた日差しが入り込み、緋咲の顔を照らしている。
大学卒業を機会に色のトーンを落とした髪の毛が、光の中では透けるように明るくかがやいていた。
緋咲の目線が外にあるのをいいことに、貴時はその横顔をじっと見つめる。
「今日はもしかして仕事だった?」
パッと表情を変え緋咲が貴時を見たので、テーブル脇に立て掛けてあるメニューを整えるふりをして、視線の先を誤魔化した。
負の感情が持続しないところが、昔から緋咲の長所である。
流れる車を見るよりも、貴時の話を聞いた方がずっと楽しいと判断したのだ。
「うん。月に一回の指導の日」
「学校もあるし、忙しいね」
貴時は地方に住んでいるから引き受けていないけれど、奨励会員にはプロ棋戦での記録係という仕事が振られることもある。
学校に通い、記録係や指導の仕事をして、自分の対局の準備をする。
奨励会の例会は月二回だけど、ぼんやりしていると将棋に使える時間はどんどん減っていく。