いつか、星の数よりもっと
やってきたキャラメルラテは、緋咲の手に渡る前から甘い香りがした。
貴時の本日のコーヒーは品評会で入賞した豆を使った、この時期限定のブレンドだとか力の入った説明がなされたけれど、甘い匂いに紛れて香りはよくわからない。
ミルクの泡とキャラメルソースをスプーンで混ぜて口に含むと、貴時の方は一瞬メガネを曇らせながらブラックでコーヒーをひと口飲んでいた。
「品評会入賞の味はどう?」
「おいしいよ。どこがどうかはわからないけど」
「ちょっとちょうだい」
一瞬躊躇ったように緋咲には見えたけれど、すぐにソーサーごと渡してくれる。
まだ熱いコーヒーは深い色味に反して軽く、さらりと喉を通っていった。
「あ、思ってたよりは飲みやすい」
「大人になれそう?」
「やだ。それでもやっぱり苦いもん」
すぐさま口にしたキャラメルラテは、やさしく緋咲の舌を包む。
「トッキーはいつからブラックが飲めるようになったの?」
貴時は少し首を傾けながら、もうひと口コーヒーを飲んだ。
「中三の頃かな。師匠に教えていただいたり、研究会に参加させてもらったりすると、みんなにまとめてコーヒーが出されるんだ。そういうとき、砂糖やミルクが欲しいっていうと、余計な手間をかけさせちゃうでしょ? それに残すのも申し訳ないし。それで最初は我慢して飲んでた」
お砂糖が欲しい、そんな小さなワガママさえ遠慮するような環境に貴時は身を置いていたのだと、舌に残る甘さが罪のように疼く。
「甘ければもっとおいしいんじゃない? 今は好きなだけ入れてもいいんだよ」
テーブルの端に置いてあるシュガーポットを引っ張り出すが、貴時は意外にも首を横に振った。
「そうとも限らなくて。ブラックだと気にならなかった酸味や苦味を、砂糖が入ると逆に感じたりすることもあるんだよ」
そう言いながらも貴時はシュガーポットの蓋を開け、中からゴロゴロとした固形のコーヒーシュガーをひとつ取り出す。
カップを外してソーサーの上にコーヒーシュガー置くと、スプーンの背でそれをつぶした。
砕けたコーヒーシュガーは、真上からのライトを浴びて、星屑のようにキラキラと輝く。
貴時はそのひと欠片を口に入れ、それからコーヒーを飲んだ。
「俺はこうやってバラバラに味わう方が好きだな。ちゃんと甘くて後味はすっきりするから」
その飲み方が正しいのか行儀が悪いのか、緋咲にはわからなかった。
けれど、貴時がずっと遠くに行ってしまったような、心もとない気持ちになる。
『幼なじみって、そんなに近しいものですか?』
そもそも自分と貴時の距離は近いのだろうか?
遠いのだろうか?
結局緋咲は、甘いキャラメルとともにそれらを全部飲み込んだ。