いつか、星の数よりもっと
「トッキーも頑張ってるんだから、私も頑張らないとね」
緋咲の手のぬくもりがまだ残っていても、別れの時間はすぐにやってくる。
駐輪場から自宅まではほんの30mだ。
「じゃあトッキー、またね」
引き止めるテクニックも理由も、貴時にはない。
「ひーちゃん!」
それでもつい口から出た声に、階段の中ほどで緋咲は振り返る。
「……ひーちゃんも、がんばってね」
貴時の目に映る緋咲の笑顔は、古い団地の階段には不釣り合いなほど輝いて見える。
「ありがと、トッキー!」
階段を上っていく足音を聞きながら、貴時は自宅のドアノブに手をかける。
すると慌てたように足音がダダダダーッと戻ってきた。
「そうだ! トッキー、今週の土曜日、将棋教室お休みなんでしょう?」
今週は大槻が東京の方の結婚式に出るからと、教室が臨時休業することになっていた。
「おじちゃんもおばちゃんも仕事なんだって。だからちょっとの間私と待っていようね」
四年生にもなるのだからひとりで留守番くらいできるけれど、緋咲が来るなら断る理由なんてない。
「わかった」
「うふふふ。楽しみだね」
タンタンタンと弾むように緋咲は階段を上っていく。
その足音がドアの向こうに消えてから、貴時は今度こそ自宅へ入った。