いつか、星の数よりもっと
失礼しまーす、と市川家の冷蔵庫を開けて、緋咲は中身を物色する。
「あ、よかった。卵も牛乳もある。ボールとフライパンある?」
貴時がガスの下からフライパンを、シンクの下からボールを取り出す間に、緋咲は泡立て器とフライ返しを探し出していた。
「すぐできるから、ちょっと待ってて」
楽しそうに卵を混ぜる緋咲を残して、貴時はリビングのソファーに移動した。
「フライパン、あっためておいた方がいいかなー」
聞こえてくる緋咲の声に口元を緩めながらも、最新の研究書の続きを開いた。
一瞬で没頭していた貴時が異変を察知したのは、動物的本能だったかもしれない。
静まり返ったキッチンの様子に、貴時は研究書を置く。
「ひーちゃん?」
呼び掛けても返事はなく、キッチンを覗くと、緋咲は燃え上がる炎を前に立ち尽くしていた。
あたため過ぎたフライパンに油を入れた瞬間、一気に炎が上がったのだった。
「ひーちゃん!!」
貴時の声にハッとして、緋咲は我に返る。
「水!!」
慌ててボールに水を入れる緋咲に貴時は叫んだ。
「水は入れちゃダメ! 爆発する!」
ガシャンとボールを取り落とし、振り返った緋咲の顔には色がなかった。
「ちょっと待ってて! ガス止めて、あとは離れて何もしないで!」
貴時は風呂場へ走り、掛かっているバスタオルを掴むと残り湯の中に沈めた。
軽く絞ってふたたびキッチンへ走る。
緋咲は言われた通りガスを切って、少し離れたところから衰えない炎を見つめていた。
「これ掛ければ収まるはずだから。ちょっとさがってて」
緋咲を庇うように貴時は前に出る。
バスタオルを広げてフライパンにゆっくりと近づいた。
炎は貴時のすぐ目の前。
暖房とは違う原始的な熱さに手が震えるけれど、構っていられない。