いつか、星の数よりもっと
「時間のこともそうなんだけど、この前七瀬に言われてね。あ、七瀬って中学校からの友達で……」

「わかるよ。何回か会ったから」

「その七瀬がね、『トッキーを彼氏の代打に使うな』『彼女になる人がかわいそう』って」

いつもの貴時でも、携帯で棋譜をチェックしている貴時でもなく、感情の読めない表情で緋咲をじっと見つめ返す。

「…………だから?」

「うん。だからね。トッキーももしかしたら迷惑だったかなーって」

貴時はゆっくりコーヒーをひと口含み、そっと深呼吸して、身体の奥からせり上がる感情を必死に落ち着けた。

「ひーちゃんは、俺に彼女ができたらどうするの?」

「さすがに誘えないよ。彼女に悪いもん」

目を閉じて、今度は浅く何度も呼吸を繰り返す。
緋咲はこういう人だ。
昔からずっとこういう人だ。
貴時の気持ちなど考えない緋咲は、この時もまた大きな爆弾を投下した。

「だけど、やだな。トッキーに彼女ができるの」

貴時の心を揺さぶることなど、緋咲にとってはグラニュー糖の空袋を折り曲げるついでにできることなのだ。

「……それは、どういう意味?」

「どういうって、そのままの意味だよ?」

本当にそのままの意味だろう。
貴時に彼女ができるのは嫌。
会えなくなるのは嫌。
恋愛遊戯に興じてきても、相手の気持ちを深く考えたことのない緋咲は、自分の気持ちに素直であり、同時にその先まで考えることはしない。
諦めることにも、感情を出さないことにも慣れた貴時は、自然な口振りで返した。

「昇段するまでは彼女作ってる余裕なんてないよ」

外はずいぶん暗くなり、カフェの灯りとふたりの陰が窓の外に漏れ出している。
それでもまだ家々の間をたゆたう太陽の残滓と、まばらに散っている雲に遮られて星空は遠い。
身体が千切れるほど高く手を伸ばしても、今は届かないだろう。

「そんなこと言われたら、応援したくなくなっちゃう……」

折られたグラニュー糖の袋に向かったつぶやきは、さっきより幾分重いものだったが、店内の喧騒に紛れて貴時の耳には届かなかった。


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