いつか、星の数よりもっと
『振り駒の結果、先手が西島君と決まりました。持ち時間は10分。それを使い切りますと一手30秒未満で指していただきます。それではよろしくお願いします』
『お願いします』
『お願いします』
準決勝からは放送があるので、棋譜の読み上げ係と記録係がつく。
対局者を含めた4人全員で一礼して対局は始まった。
「結果わかっててもハラハラするわね」
紀子も祈るように手を合わせて見守る。
小学生の将棋はとにかく手が早い。
持ち時間が短いだけでなく、読む力も、根拠となる知識もまだ少ないないため、ほとんど直感で指すからだ。
貴時もときどき数秒手を止めて考えるものの、基本的にはパンパン駒を進めていく。
『この角を狙っていこうという手ですね』
解説のプロ棋士が将棋の進行と手の狙いを説明するが、
「それでどういう意味なの?」
紀子は緋咲に聞き直す。
「私にわかるわけないでしょ」
「そうだよね」
見てもわからないので、緋咲は盤の上を動く貴時の手や、表情を見ていた。
「将棋してるトッキー、ちゃんと見たの初めてかも」
貴時はもともと感情の起伏が少ないけれど、将棋をしているとまったく顔に出ない。
しかし相手の六年生が口を引き結んだり、イライラと頭をかいたりしているので、貴時が押しているのだとわかった。
『西島君は金一枚ですから、攻め方がちょっと難しいですね』
六年生は唯一の持ち駒を力強く打ったけれど、貴時は表情を変えず、ふんだんにある持ち駒をパンパン相手陣地に打つ。
『@*&#た』
六年生が首を振るように頭を下げ、早口で何か言う。
『ありがとうございました』
貴時の声は大きくなかったけれど、はっきりと聞こえた。
『まで、112手をもちまして、市川くんの勝ちとなりました』
「やった、やった! トッキー勝った!」
録画だということも忘れて、紀子と緋咲は手を叩いて喜び合う。
対局後のインタビューでは、やはり淡々と『うれしいです』と答える貴時に対し、相手の六年生は涙で返事もできなかった。
まったく進まないインタビューを、
『でも準決勝まで来られたのは、すごいことだよ』
とアナウンサーが慰めて締める。
勝負事はいつでも誰に対してもシビアだ。