月は紅、空は紫
 そのまま――長屋にも戻らずに河原で座り佇んでいた。
 視線は川の流れを見つめるだけで、心の中は何も考えていない。
 いや、考えたくないのだ――。

 何かを考えると、きっと師である道元を批難するような考えしか浮かんでこない。かといって、清空には道元を諭すような経験も言葉も持ち合わせていないのだ。
 ならば、何も考えずにいた方が良い――そんな風に思っていた。

 川の流れは留まることなく、時に波紋を浮かべながら静かに流れていく。
 しかし、その透き通った川底には小石や砂が留まっている。

(まるで――自分の心のようだな)

 清空は、やや自嘲気味に川の底に沈む小石と自分の心の内を重ねた。
 進むことも出来ず、かといって留まり続けることもままならぬ。
 自分の持っている力では何も変えられない、小石の姿がまるで自分と同じように感じられてしまっていた――。

 気が付くと、何時間ほどこうしていたのか……日は暮れかけていた。
 西の空に、夕日は山の向こうに消えて行こうとしている。
 入れ替わりに、東の空に昇ってきた月を見て――清空はその表情を一層厳しいものに変えた。

(今夜は……診療所も休みだな)

 清空は、心のどこかでホッとしたような感覚を覚えながらそう思った。
 表の職業はナリを潜め、清空の本来の仕事をせねばならない。
 なぜならば――。
 
――今宵の月は紅かった。
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