月は紅、空は紫
 桂川の川岸には嵯峨嵐山から戻ってきた、少し湿り気を帯びた風が吹き付ける。
 盆地であるが故に、空気が留まりがちな京にあってこの川原に流れる新鮮な空気は清空の少し沈んだ気分を爽やかにさせてくれる。

 自らが背負っている使命に、自分を取り巻く人間関係。
 どうして、かくも望んでいないことは向こうからやって来てしまうのだろうか?
 そんな詮無きことを考えながら、顔をしかめながら歩いていた。

 川原に流れる、若干湿ってはいるものの爽やかな風を受けて、清空の表情が少し緩んだ。
 流れる風が、清空の陰鬱な気分も少しだけ吹き流して行ったようであった。

(まあ……考えても仕方ない……か)

 清空がいかに考えたところで、清空の使命が無くなるわけでもないし、道元の好ましくない考えが改まるわけでもない。
 この流れる風のように――物事はなるようにしかならない、そんな心持ちである。

 ならば、清空の出来ること――悩むことなく京の平和を守っていければ、それで良いではないか、桂川を見ながら清空がそう思い、開き直ろうとしていた――その時。

――川原に強烈な疾風が吹いた。
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