月は紅、空は紫
 桂川に疾風が吹き、川原の空気が変わった。
 いや、清空には変わったように感じた。

 川原に存在していた湿気がまとわり付くように変化し、胸に吸い込めば爽やかであったはずの空気が重い。
 清空は、注意深く周囲を見回す。
 その表情は、先ほどまでの穏やかなものからうって変わった厳しいものに変わっていた。

(何か――おかしい?)

 清空の中で、五感だけではない、第六感が何らかの警告を告げている。
 湿り気を帯びた空気だけではない、得体の知れない『何か』が清空の皮膚を通り抜けて――肌の奥の方で針で突き刺すようなチクチクとした痛みを与えている。

 それは、奇妙な感覚であった。
 清空の周囲、桂川のほとりには清空の他に誰も居ない。
 いや、時刻は丑三つ刻を回っているのだ、このような場所に人が居るはずもない。

 なのに――誰かに『見られている』ような感覚があるのだ。

 実は、このような人間が感じる『誰かに見られている』という感覚は正しい。
 周囲を見回して、誰も見ている者が居ないのにといっても――実は見られているのだ。
 それは、『この世ならぬ者』だけではない。
 虫だったり、ねずみだったり――もちろん妖の場合もある。
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