月は紅、空は紫
 瞬間で、清空の肌の奥から刺すような痛みは消えた。
 しかし――その代わりに今度は肌が総毛立っていたのである。

(これは……いる!?)

 月明かりだけが照らす、視界の利かない闇の中に緊張が走る。
 『月の紅い夜、ゆめゆめ警戒すべし』
 一族に伝わる口伝に従い、月の紅い今夜は見回りの為に町中を歩いていたのだが……失敗があった。

 今日の清空は、薬を受け取るために道元の店に赴き、ちょっとした面倒があった為に長屋に戻らず、そのまま見回りをしていた。
 普段ならば、夕方に起き出して行水をしながらその日の月の色を確認する。
 そして、月が紅ければ家で準備を整えて見回りに出掛けるのだ。

 万が一に備えて、帷子を着て、懐には小刀を仕込む。
 そうして、『この世ならぬ者』――妖に対抗する為の準備だけは万端にしておいてのだが――今日に限って何の準備もしていない。

――この場は逃げ出すべきか、それとも手持ちの道具だけで何とか対抗するべきか。

 清空の額を、冷たい汗が流れていく。
 いかな清空とはいえど、相手が何かも分からなければ丸腰では分が悪い。

(やはり……ここは退くべきか?)

 そう決断し、踵を返そうとして後ろに向かって走り出そうをした瞬間――状況は動き出した!
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