月は紅、空は紫
 『パスンッ!』と鈍い音がした。

 清空が音の発生源に視線をやると――着物の袖が裂けている。
 いや――裂けたのではない。その鋭利な傷は明らかに袖口が何者かによって『斬られた』ということを物語っていた。

(く……! やはりか……)

 何者かが居るという予感は当たり、そして、清空に攻撃してきた者についての見当も付いていた。
 実は、清空にはこの事件の真犯人が何者であるか、が仁左衛門の遺体を検分した時には分かっていた。
 しかし、それが清空に確信を持たせなかったのは――一言で表せば『理由が無い』のである。
 清空の知る限り、こうして攻撃を加えてくる者が清空を襲ってくる理由が無い。

 紅い月が放つ瘴気によって、理性を奪われているのかも知れない……が、それではこうして清空をピンポイントで襲ってくる理由に説明が付かないのだ。
 もしも、紅い月によって犯人である妖の理性が奪われて人を襲っているというのならば、もっと犠牲者は増えているはずである。
 だが、実際に襲われたのは仁左衛門と現在の清空――二人だけなのだ。

 清空の予測は一部で当たり、一部では混迷を深めつつあった。
 そして、それ以上に――清空の中では――『この場をどうやって切り抜けるか』という大きな問題が立ちはだかっていた。
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