月は紅、空は紫
「ギ……ギギギ……ギ……!」

 怒りの咆哮とも、苦しみの呻きともつかぬ声が流れた。
 無論、その声を上げたのは清空では無い。
 清空の目の前に、低く四つんばいの姿勢で声の主は清空を睨み付けていた。

(やはり――コイツだったのか)

 提灯はいつの間にか川原の隅で燃え尽き、紅い月明かりだけが照らす川原で清空と『その者』は初めて互いの姿を認めて対峙した。
 その姿は、清空が思った通りのものであり、いかな不自然な点があろうとも目の前に突きつけられた現実に清空は事件の真犯人となる者を認めざるを得なかった。

 しなやかで細長い胴体。
 短い後ろ脚に、それとは不釣り合いなほどに長い前脚。
 鼻先が尖った細い顔、その中ほどには――この世の者ではない証のように紅玉のように釣り上がった細い眼が光る。
 その姿を見れば――何も知らぬ者であれば『イタチ』を想像したかもしれない。

 しかし、明らかに……普通のイタチとは違う点があった。
 大きさもさることながら、清空の前で唸りを上げるイタチには他の者とは違った特徴があった。
 不自然に長い、その前脚の先端には――鋭く磨き上げられた刀のような――鎌が生えている。

――その者の正体。

 古来より日本に生息する妖怪――『鎌鼬(かまいたち)』である。
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