月は紅、空は紫
 京の都、歴代小路と八条が交わる、桂離宮より南に下ったところ。
 桂川のほど近くに貧乏長屋が存在する。
 粗末な作りで、壁も薄く、隣近所の夫婦喧嘩の声が聞こえることはしばしばである。

 この長屋は『あばら長屋』と呼ばれている。
 建てられてから手入れなどされたことも無く、住むがまま、時の流れによって傷むがままに放置されていった結果、本当に『あばら長屋』と呼ぶに相応しいほどの壁の骨組が見えるような長屋になってしまった。

 夕暮れ時ともなれば、子供たちが走り回る声が響き渡り、三軒先のご内儀さんが玄関先で七輪を使って魚を焼く煙が立ち込める。
 京という、少し気取ったところが見え隠れする都会の中で程好い『人情』の香りが漂う通りである。
 隣近所の付き合いも親しく、住人の間では気軽に米の貸し借りが行われていたりもしている。

 その『あばれ長屋』の、南の入り口から数えて五軒目。
 古ぼけた長屋の中にあって、なお手入れの行き届いていないように見える建物の中で、一軒の診療所を構えている若者が居た。
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