月は紅、空は紫
「どうした?――」

 清空の微妙な様子の変化に気が付いた中村が、清空に尋ねてきた。
 しかし、まさか中村に事の真相を告げるわけにもいかない。

『実は、京の市中に妖怪である鎌鼬が現れ、それが人を襲っております。昨夜、私が桂川の川原でその鎌鼬と遭遇したのですが、それを取り逃してしまい、その取り逃した鎌鼬がこの死体の者を殺害してしまったようです』

――とは、口が裂けても言えぬ。

 まず、中村がそのような『人外の物』を信じているとは到底思えないし、仮に鎌鼬の事を信じたとしても、清空がなぜそのようなモノと遭遇するような状況になったのかを説明も出来ない。
 清空の背負う使命は、あくまでも『裏の世界』のものであり、中村のように真っ当な表の世界に生きる人間に知らせるような類のものではない。

「いえ、この死体に……不自然な物を感じまして――」

 そう返すのが精一杯であった。
 しかし、中村は清空のその言葉を好意的に解釈した。
 清空が、この死体に『仁左衛門殺し』と共通するものを感じた――そういう風に解釈したのである。

「やはり、お主もそう感じたか――」

 そう言ったきり、中村は死体を見つめてしばしの間黙り込んでしまった。
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