月は紅、空は紫
 その後、清空は正式に遺体の検分を頼まれた。
 形式上は解決してしまっている『仁左衛門殺し』とは違う、独立した事件として捜査するという運びにするわけである。
 清空が遺体安置所から地上に出る頃には、日は既に高く昇り、世間では完全に昼間とでも呼ぶべきような時間帯となってしまっていた。

 中村は、清空が検分をしている最中に御役所の執務室に戻っていた。
 新たに発見された、この遺体に関する情報を集めるように部下の岡っ引きたちに指示を出していたのだ。

 与えた指示は『仁左衛門殺し』の時と同様――剣の達人が居そうな道場を片っ端から当たって行くように、というものである。但し、前回の事件と絡んでいる『仁科剣術道場』と『古藤道場』に関しては特に念入りに調べるように……という指示が加えられていた。

 検分書を纏めるため、清空が長屋に帰ろうとする前に中村に挨拶だけでもしておこう――そう思いながら中村の執務室を訪れると、中村はいつぞやと同じく、折れた刀を眺めていた――。

「あの……中村様?」

 清空が声を掛けると、今回はすぐに顔を上げた中村である。
 前回ほどは折れた刀に集中していなかったようだ。
 清空の顔を確認すると、中村は一瞬悩んだような顔を見せたのだが、すぐに表情を普段の中村のものに戻し、思い立ったように清空に『ある話』を持ちかけてきた。
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