月は紅、空は紫
「歳平の……ひとつ、頼まれて貰いたいことがある」

 中村はそう切り出した。
 そもそも、中村は清空の知る限りでは公私の別をきっちりと付ける男である。
 御役所の仕事に関しても、清空は遺体の検分や怪我をした役人の治療以外の手伝いは頼まれたことも無い。
 それは、清空は役所の人間では無いのだから当然のことなのではあるが、この時代でも役人の対応というものは横暴なものである、

 ある役人は、捜査に協力するようにという名目でタダで飯屋からタダ飯をせしめるような事もしてきていたし、またある役人は商人より受けた借金を公権力を利用して踏み倒したりもしている。
 どの時代でも、腐った役人というものは多数存在していたのだ。

 だが、中村はそのような事をする人間ではない。
 清廉潔白を旨として、公私混同などは絶対にしない。
 その中村が――検死以外の役目を清空に頼むというのは珍しいことであり、そう切り出された清空は少し驚いた。

 清空としては、この事件の真犯人は『鎌鼬』であるということが明白になっている。
 こうして頭を悩ませている中村には気の毒だが、表の世界では『仁左衛門殺し』と同様にこの事件も迷宮入りとなることが確実であると分かってしまっている。
 後は――清空が何とか手を打って『鎌鼬』を退治し、京の平安を守るしかないのだ。

 こうして、検分をする事で表の世界での事件捜査には協力できるが、その後に清空が協力できるようなことがあるとは思えない。
 中村の頼みというものに見当も付かず、上手く返事が出来ないままでいる清空に対して、中村は返事を待つわけでもなく言葉を続けた――。
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