月は紅、空は紫
 布団の中からはみ出した顔は、寝顔ではあるが端整である。
 肌の色はやや青白いものの、これは若者が昼間にあまり行動しないからだ。
 通った鼻筋に、薄い唇、長い髪を後ろでひっ詰めている。
 寝相で跳ね除けられた布団の隙間から見える長く筋肉質な脚は、若者が昼間から寝ているような人間とは思えないほどだ。

 作務衣を着たまま眠っているのは、この若者が昨夜遅くまで起きていたからだ。
 夜明けと共に眠りに就き、こうして九つ刻(昼の一時)が過ぎても目を覚ます気配が一向に感じられない。

 若者が使用している布団は干されたことが無い事を物語るように、湿気を纏いながらペシャンコに潰れている、いわゆる『せんべい布団』というやつだ。
 近くに寄れば分かるのだが、布団からは若干カビの臭いが漂っている。
 さらに近寄れば、布団の上をノミが跳ねているのが見えるだろう。
 『診療所』という看板を掲げてはいるものの、傍から見れば凡そ医者とは思えないほど衛生観念というものが欠如しているように見える。

 眠りこけながらも、時折頬が痒いのか、ボリボリと細い指を動かして自分の頬を掻いている。
 彼が眠りから覚めるまでに、いま少しの時間があった。
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