月は紅、空は紫
 恐らくは、仁科道場も古藤道場にしたところで共に『一刀流』の名前だけを掲げているだけの剣術道場であると見込まれる。
 
――そこで、清空の出番なのだ。

 清空は、中条流より認可印状を受けている。
 中条流は遡れば一刀流の興祖と呼べる流派である。

 名前だけで『一刀流』を名乗っている二つの道場に、中条流を正式に修めた剣士がやって来るということは――道場にとってはこの上ない好機である。
 それまで名ばかりだった道場に、興祖の剣士が訪ねてくるような由緒正しき一刀流である、という箔が付く。

 清空が二つの道場に客人として潜り込むのは容易な事だろうし、二つの道場の間で何があったかを探るにはこの上ない存在であると言える。
 中村にとっては、藁にもすがるような思いで清空に依頼してきたわけである。

(さて――どうしたものか?)

 中村の頼みを受けて、清空は少し悩むことになった。
 中条流を修めているとはいえ、一刀流に関しては清空はまるで無関係な人間だ。
 だが、中村の言う通り、中条流を修めている清空ならば容易に客人として迎え入れてもらえるだろう。

 それに――中村の頼みは別として、清空自身にも二つの道場で少し調べてみたいことがあった。
 何故、衣川仁左衛門は鎌鼬に襲われてしまったのか。
 清空も桂川で鎌鼬によって襲われたのだが、仁左衛門と何がしかの共通項があったのか。

 それが分かれば、今後清空が鎌鼬と戦う上で、それと鎌鼬の被害をこれ以上増やさぬようにする上で――何かの手がかりが掴めるかもしれない。
 清空はそのように考えた上で中村に了承の返事をしたのである。

 かくして、清空は事件の渦中にある二つの道場へ赴く事となった――。
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