月は紅、空は紫
 清空の持っている使命――京の町に蔓延る妖と戦うというのは、あくまでも『裏の世界』での出来事である。
 普通に生活している人間にとっては、妖というのは不意に被害者にされてしまうことはあっても認知している存在ではない。
 あくまでも、妖とは『作り話』や『迷信』の中に存在するもので――実在はしないというのが常識なのだ。

 それにも関わらず、この訪問者はさも当然のように『鎌鼬』という言葉を出してきた。
 清空の知る限りではこの京の町に、妖と対峙するような陰陽師は清空以外には居ない。
 もし、他にも妖と戦えるような能力を持っているような陰陽師が京に存在しているというのならば、清空が寝不足を押して紅い月夜の見回りをしなければならないという状況も解消できるというものである。

 警戒を解きはしないが――清空はこの訪問者に興味が沸いた。

「分かりました――戸を開けますので、少々お待ちを……」

 そう言いつつ、戸を離れて薬研の傍に置いてあった、薬材を削るために使っていた小刀を手に取り、それを懐にしまう。
 いざ、戸を開けて訪問者が襲いかかって来るようならば、それを武器として応戦するためである。

 再び戸の前に立ち、「お待たせしました」と声を掛けてから戸を引く――。
 襲いかかって来るかもしれぬ、という清空の警戒心は杞憂に終わり、戸を開けた先にいた訪問者は、清空に向かって深々とお辞儀をしていた――。
 
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