月は紅、空は紫
「夜分に――誠に申し訳ありません」

 そう非礼を詫びてから、顔を上げた訪問者である。
 歳の頃は、清空と変わらぬくらいであろうか。
 藍染の着物を着て、黒い帯に草鞋履きの格好に、真っ黒な髪の毛は襟足は綺麗に揃えて切り揃えられているが、前髪の一部だけがヒョロっと長い。
 何よりも特徴的なのは――眼の下辺りにある黒いアザである。
 眼の中央から、三日月を半分に切ったような形のアザが口の横辺りまで伸びていた。

 清空の見知った顔ではない。
 何より、このような特徴的な顔であれば忘れるはずもない。

「いえ、それよりも中へ――人目に付きますので」

 そう言いながら、訪問者を中へ案内する。
 誰かに見られたところで、気にするような長屋でもないのだが。それでも、万が一訪問者の事を誰かに尋ねられれば説明のしようがない。
 清空の案内に従って、訪問者は部屋へと入って来た。
 そのまま診療所兼居室として利用している囲炉裏の傍へと訪問者を座らせ、清空もその正面に座る。

「それで……お話とは?」

 座るのもそこそこに、清空は単刀直入に話題を切り出した。
 九つ刻を回り、清空の寝不足な日は――まだ、終わりを告げる様子も無かった。
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